民法判例百選Ⅰ[第8版] No.6
後見人の追認拒絶
(最判平成6年9月13日)
今回は、「後見人の追認拒絶」は可?
というお話です。
難しそう?大丈夫です。
「信義則(民法1条)の原則/例外パターン」にすぎません。
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(基本原則)
第一条
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
「信義則(民法1条)の原則/例外パターン」
no.3「信義誠実の原則」の判例と処理手順は同じ。
no.3では『賃貸人の明渡請求』について、「原則は可、例外的に諸般の事情を考慮して信義則上許されない」とされました。
本判例でも『後見人の追認拒絶』について、「原則は可(859条包括的代理権)、例外的に諸般の事情を考慮して信義則上許されない場合がある」としました。
つまり、
「信義則の原則/例外パターン」
原則は形式上可。
例外的に、個別事案で諸般の事情を考慮して「こういう事情があるときは認められないでしょ」という場合には信義則上許されない。
そんな処理手順です。
事案からみていきましょう。
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事案
Yは、父親から、本件建物の所有権および敷地の借地権を相続しました。
しかし、Yは6歳程度の知能だったため、事実上、姉Aが代理人として、Yの財産管理にあたっていました。ただ、代理権の授与はなく、法律上は無権代理行為でした。
XY間(家主Y借家人X)の、本件建物の賃貸借の予約契約(損害賠償額の予定の合意を含む)の締結も、交渉から契約書の署名まで、姉Aがやりました(法律上は無権代理行為)。
その際、もう一人の姉Bも、契約文書の作成に関与、契約締結時にも同席していました。
後に、姉BがXの成年後見人に就任します。
賃貸借の予約契約は、本契約の締結に至らなかったため、Xは、損害賠償額の予定の合意に基づき、損害賠償金の支払いをもとめました。
これに対して、成年後見人に就任した姉Bは、予約契約の追認拒絶をして、損害賠償金の支払いを拒みました。
そんな事案です。(原告X、損害賠償請求事件)
原審は、「Bの追認拒絶は信義則に反し許されない」として、X勝訴でした。
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判旨
破棄差戻し...もっと十分に検討しなさいと差し戻しました(原審の判断は違法)。
成年後見人は、原則として、被後見人の財産上の地位に変動を及ぼす一切の法律行為につき被後見人を代理する権限を有するものとされており(民法八五九条、八六〇条、八二六条)、後見人就職前に被後見人の無権代理人によってされた法律行為を追認し、又は追認を拒絶する権限も、その代理権の範囲に含まれる。
後見人において無権代理行為の追認を拒絶した場合には、右無権代理行為は被後見人との間においては無効であることに確定するのであるが、その場合における無権代理行為の〈相手方の利益を保護〉するため、相手方は、無権代理人に対し履行又は損害賠償を求めることができ(民法一一七条)、また、追認の拒絶により被後見人が利益を受け相手方が損失を被るときは被後見人に対し不当利得の返還を求めることができる(同法七〇三条)ものとされてる。
そして、後見人は、被後見人との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権を行使する義務を負うのである(民法八六九条、六四四条)から、後見人は、被後見人を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における被後見人の置かれた諸般の状況を考慮した上、被後見人の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される。ただし、相手方のある法律行為をするに際しては、後見人において取引の安全等〈相手方の利益〉にも相応の配慮を払うべきことは当然であって、〈当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合〉には、そのような代理権の行使は許されないこととなる。
したがって、《被後見人の後見人が、その就職前に被後見人の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否か》は、(1) 右契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が右契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質、(2) 右契約を追認することによって被後見人が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益、(3) 右契約の締結から後見人が就職するまでの間に右契約の履行等をめぐってされた交渉経緯、(4) 無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度、(5) 本人の意思能力について相手方が認識し又は認識し得た事実、など諸般の事情を勘案し、右のような〈例外的な場合〉に当たるか否かを判断して、決しなければならないものというべきである。
(財産の管理及び代表)
第八百五十九条 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する
(無権代理人の責任)
新法第百十七条 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。
(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
第八百六十九条 第六百四十四条及び第八百三十条の規定は、後見について準用する。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
判決文を要約すると、
追認拒絶が許されない〈例外的な場合〉に当たるか否かについて、
《成年後見人が、その就職前に無権代理人によって締結された契約の追認拒絶をすることが信義則に反するか否か》は、(1)(2)(3)(4)(5)など諸般の事情を考慮して判断しなければならない
お決まりのパターンですね。
では、後見人の追認拒絶について、少し丁寧に、順を追って検討してみましょう。
まず、
本人の追認拒絶
1、無権代理行為がなされた場合、「本人」は原則、その行為の追認を拒絶できます(113条)。ただし、例外的に、「事情によっては追認拒絶が信義則に反し許されない場合がある」とされています。
信義則の原則/例外パターンですね。
(無権代理)
第百十三条 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
2 追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。
参考)なお、ここでは、次のような論点があります。
1’、≪無権代理人が単独で本人を相続した場合に、無権代理人が「相続した本人の地位」に基づいて追認拒絶することが許されるか?≫
無権代理行為を自らやっておきながら、相続した本人の地位を主張して「この前の契約は無権代理で無効だから追認拒絶するね」などという、自らの行為と矛盾する勝手なこと言わせていいのか?という問題です。
判例‐最判昭和40年6月18日は、「信義則上許されない」をさらに踏み込んで、相続した時点で「無権代理行為は当然有効になる」とまで言い切って、追認拒絶を許しませんでした。「追認拒絶が認められる余地はないのだから(追認するしかないのだから)、無権代理人が本人を相続した時点で、当然有効になったといっていいでしょ」ということです。
次に、
後見人の追認拒絶
2、後に後見人が選任された場合、「包括的代理権をもつ後見人」(859条)は原則、本人に代わって追認を拒絶することができます。ただし、例外的に、「事情によっては追認拒絶が信義則に反し許されない場合がある」。
本人による追認拒絶と同じ、信義則の原則/例外パターンですね。
(財産の管理及び代表)
第八百五十九条 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。
ここが、今回の判例の場面になります。
判例は、次のような判断枠組みを示しました。
《後見人が、その就職前に無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否か》は、(1)右契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が右契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質(2)右契約を追認することによって被後見人が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益(3)右契約の締結から後見人が就職するまでの間に右契約の履行等をめぐってされた交渉経緯(4)無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度(5)本人の意思能力について相手方が認識し又は認識し得た事実、など諸般の事情を勘案し、例外的な場合に当たるか否かを判断して、決しなけれはならない。
要するに、《例外的に追認拒絶が信義則に反し許されないか否か》は、 (1)~(5)など諸般の事情を考慮して判断する」ということです。信義則のお決まりの処理パターンですね。
諸般の事情を考慮した結果として、本判例は、「追認拒絶は信義則に反し許されないとした原審の判断は違法だ」として、差し戻しました。つまり、「信義則に反し許されない」とまで言えるかは疑問が残る、と判断したものと思われます。特に本事例では、損害賠償額の予定として合意された金額が建物の実質的対価の2倍という、Xの受ける不利益と合理的な均衡を欠く程の額であったことが指摘されています。本人Yの不利益が大きいということで、後見人による追認拒絶は信義則に反するとまでは言えないと考えたのでしょう。(そう明言はしていませんけど。。)
参考)なお、ここでも、次のような論点があります。
2’、≪無権代理人が後見人に就任した場合に、無権代理人自身が「後見人として本人に代わって」追認拒絶することが許されるか?≫
この場合は、1’のように「当然有効」というわけにはいきません。なぜなら、1’では、無権代理人が本人を単独相続した場合であり、無権代理人以外の者の利益を考慮する必要がなかったのに対して、ここでは、無権代理人が後見人に就任しただけであり、なお、〈本人(被後見人)の利益〉を考慮する必要があるからです。
この問題については、最判昭和47年2月18日が、「信義則上、追認拒絶はできない」とした判例として知られています。ただ、この判例の事案では、実際には、後見人は追認拒絶をしたわけではなく(!?)、むしろ、本人が成年に達した後で承認していた(!?)など、特殊な事情があるらしく、一般的な意味を持たないといわれているようです。本判例でも、昭和47年判決には一切言及していません。
ということで、今回の判例が、《後見人の追認拒絶の可否について、一般的な判断枠組みを示した初めての判決》とされているようです。
そうすると、2’の《無権代理人が後見人に就任して、無権代理人自身が後見人として追認拒絶することの可否》も、今回の判例の判断枠組みにあてはめて判断することになります。
つまり、上で引用した本判例の
(4)無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度
この「無権代理人と後見人との人的関係」として、〈無権代理人自身が後見人に就任している〉という事情が(マイナスの)判断材料として考慮されることになります。(自身が無権代理行為をしていながら・・)
まとめ
本判例は、「信義則のお決まりのパターン」の判例にすぎません。'後見人'という単語がでてくると、一瞬、腰が引けますけど。。
判例は、民法全体にわたる論理の一貫性を重視しています。重視というか、当然のことですよね。だから、「あれ?前に勉強したことあるような流れだなあ。。」ということが、度々でてきます。そういうのは、まとめて押さえてしまうようにしましょう。
成年後見制度の利用者は、年々増加しているようです。超高齢社会の進行に伴って、認知症高齢者の数も増加していくようです。現在でも、認知症高齢者を抱える家庭のなかには、成年後見制度を利用することなく、家族が本人の財産管理をしているという、本判例の事案のようなケースはごく普通にみられるとおもいます。でも、それは、法律上は無権代理行為なわけで。。後に、成年後見制度の利用を開始して、本人の財産管理をしていた家族がそのまま後見人に就任、自らした無権代理行為の追認拒絶をして、相手方ともめる。。ありそうですよね。
いろいろ想像してみると、ひとごとではありませんね。最高裁判例なんて、勉強の対象であって、遠い距離感を感じていましたけど、意外と身近なものなのかもしれません。
今回は、以上です。
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