民法判例百選Ⅰ[第8版] No.7
法人の目的の範囲
(最判平成8年3月19日)
今回は、民法34条の基本判例です。
(法人の能力)
第三十四条 法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。
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photo credit: Spencer Means The birthplace of Gabriel Escudier, a prominent regional political figure (b.1906), Tavernes, Var, Provence via photopin (license)
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この判例は、民法というより、憲法の判例として有名ですよね。
「強制加入団体の政治献金と構成員の思想の自由(憲法19条)」(南九州税理士会政治献金事件)
憲法では、そんな表題のついた判例です。
争点は、二つありました。
1、「政治献金」は、税理士会の「目的の範囲内」(民法34条)の行為か?
2、「税理士会による政治献金目的の特別会費徴収決議」は、構成員の思想の自由(憲法19条)を侵害しないか?
1、は、民法34条の論点です。
2、は、憲法の論点です。
事案
上の争点でみたように、
「税理士会による政治献金目的の特別会費徴収決議」が、1、税理士会の「目的の範囲内」(民法34条)の行為といえるのか?また、2、構成員の思想の自由(憲法19条)を侵害しないか?が争われました。
判旨
1、について、
税理士会が政治献金することは、税理士会の目的の範囲外の行為であり、政治献金目的の特別会費を徴収する旨の決議は無効である。
2、について、
強制加入団体である税理士会の会員には、様々な思想・信条をもつ者がいることが当然に予定されている。特に、政治団体への政治献金をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏をなすものとして、主権者である会員各人が自主的に決定すべき事柄であるというべき。なぜなら、政治団体への政治献金は、選挙においてどの政党どの候補者を支持するかと密接につながる問題だから。したがって、このような事柄を多数決原理によって決定し、構成員に協力を義務付けることはできない。
2、は憲法の議論であり、判旨のとおりです。
ここでは、1、について、少し丁寧にみていくことにしましょう。
法人の目的と団体の性質
もう一度、民法34条をみてみましょう。
(法人の能力)
第三十四条 法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。
この規定は、条文の文言通り、目的の範囲によって「法人の権利能力を制限」するもので、「目的の範囲外の行為は絶対的に無効である」とされています(権利能力制限説)。
本判例を含め、判例はこの立場に立ちます。
学説には諸説ありますけど、判例はこの立場で動きませんから、学説は混乱するだけ、見ないほうが賢明です。
その上で、「目的の範囲内」の行為には、「定款に明示された事業目的そのもの」のみならず、「目的を遂行するために直接又は間接に必要な行為であればすべて含まれる」とされています(最判昭和27年2月15日)。それはそうですよね。
で、第7版の表題は、『法人の目的と団体の性質』となっていました。
つまり、「団体の性質」によって、法人の「目的の範囲」(目的の遂行に必要か否か)を広く解釈するか、限定的に解釈するか、異なるのではないか、そういう論点です。
大雑把にまとめてみると、
という感じです。
まず、営利法人(会社)についてみると、取引相手の保護の観点から、目的遂行に必要か否かは、客観的・抽象的に判断されます。取引に際して、いちいち定款の目的なんてみませんよね。相手方は、その会社にとって必要な取引なんだろうなあと信頼して取引にはいります。その信頼を保護しないことには、取引社会は成り立ちません。これが客観的抽象的規準説です。判例もこの立場から、次のようにいっています。
会社が政党に政治資金を寄附することも、客観的・抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為とするに妨げない(最判昭和45年6月24日八幡製鉄事件)
客観的抽象的規準説の立場によると、実際上、目的の範囲外とされることはほとんどない、とされています。政治献金まで目的の範囲内とされてしまうくらいですからね。。
これに対して、
協同組合や税理士会といった非営利法人では、目的の範囲は限定的に解釈されます。
例えば、税理士法や司法書士法には、税理士会、司法書士会の目的を具体的に定めた規定があります。税理士法49条6項には、次のようにあります。
(税理士会)
第四十九条 税理士は、国税局の管轄区域ごとに、一の税理士会を設立しなければならない。
6 税理士会は、税理士及び税理士法人の使命及び職責にかんがみ、税理士及び税理士法人の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、支部(第四十九条の三第一項に規定する支部をいう。)及び会員に対する指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。
このような税理士会の公的な目的をうけて、本判例は次のようにいいます。
税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。
で、さらに
強制加入団体である税理士会の会員には、様々な思想・信条をもつ者がいることが当然に予定されている。特に、政治団体への政治献金をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏をなすものとして、主権者である会員各人が自主的に決定すべき事柄であるというべき。なぜなら、政治団体への政治献金は、選挙においてどの政党どの候補者を支持するかと密接につながる問題だから。したがって、このような事柄を多数決原理によって決定し、構成員に協力を義務付けることはできない。
とした上で、
結論として、
税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法四九条二項(現行6項)で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである
と判示しました。
同様に、司法書士法には、司法書士会の公的な目的を定めた規定があり(司法書士法52条2項)、目的の範囲は限定的に解釈されます。
ただ、司法書士会の事案である、最判平成14年4月25日の判例では、他県の司法書士会(兵庫県司法書士会)に震災復興支援拠出金を寄付することは、権利能力の範囲内である、と、本判例とは逆の結論をとりました。
この違いは、本判例が政治団体への政治献金の事案であったのに対して、司法書士会の事案では、震災の被害をうけた他の司法書士会への震災復興支援拠出金の寄付の事案であったこと、からくるようです。
最判平成14年4月25日は、次のようにいいます。
その目的を遂行する上で直接又は間接に必要な範囲で,他の司法書士会との間で業務その他について提携,協力,援助等をすることもその活動範囲に含まれるというべきである。そして,3000万円という本件拠出金の額については,それがやや多額にすぎるのではないかという見方があり得るとしても,阪神・淡路大震災が甚大な被害を生じさせた大災害であり,早急な支援を行う必要があったことなどの事情を考慮すると,その金額の大きさをもって直ちに本件拠出金の寄付が被上告人の目的の範囲を逸脱するものとまでいうことはできない。したがって,兵庫県司法書士会に本件拠出金を寄付することは,被上告人の権利能力の範囲内にあるというべきである。
強制加入団体であること(同法19条)を考慮しても,本件負担金の徴収は,会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく,また,本件負担金の額も,登記申請事件1件につき,その平均報酬約2万1000円の0.2%強に当たる50円であり,これを3年間の範囲で徴収するというものであって,会員に社会通念上過大な負担を課するものではないのであるから,本件負担金の徴収について,公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情があるとは認められない。
なお、協同組合については、剰余金の配当・割戻しが可能とされていることから(例えば、農協52条)、協同組合は非営利法人よりも営利法人に近い、とされています。営利を目的とはしないものの、営利法人に準ずる法人、という位置付けのようです。古い判例ですけど、最判昭和33年9月18日は、農協の員外貸付を目的の範囲内としています。
まとめ
以上、今回、取り上げた判例はすべて、憲法で勉強する判例でしたね。法人の人権享有主体性、私人間効力、思想信条の自由。。憲法も試験科目ですので、この機会にチェックしておくことをオススメします。
今回は、以上です。