民法判例百選Ⅰ[第9版] No.76
民法295条2項の類推適用
(最高裁昭和46年7月16日)
今回も、留置権(295条)です。
留置権の主張を
295条2項の類推適用により制限する。
そんなお話です。
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留置権の主張を制限したい?
どんな事案でしょう。
さっそく、みていきましょう。
事案
Xは、所有する建物をAに賃貸しました。
ところが、賃借人Aの賃料支払いが滞るようになります。
そこで、Xは、Aに対して、延滞賃料の支払いを催告しました。
それでもAが支払わなかったため、Xは、賃料不払いを理由として、賃貸借契約を解除する旨の書面をAに送付。書面はAに到達しました。
Xは、解除による原状回復請求として、Aに対して、建物の明け渡しを求めて提訴します。
これに対して、Aは、解除の後、賃貸建物に無断で増改築の工事をしていたようで、その支出した有益費の償還請求権に基づいて、留置権を主張。建物の明け渡しを拒んでいます。
このような、Aによる留置権の抗弁が認められるのか?
そんな事案です。(単純化してあります)
○ ○
さて、上のような事案において、
『賃貸借契約を解除したXからの賃貸建物の明渡請求に対して、建物を占有するAは、建物の明け渡しを拒むことができるか?その可否およびその根拠について論ぜよ。』
そんな問いをたて、これに答えるかたちで、みていくことにしましょう。
○ ○
まず、Xによる、賃貸借契約の解除の当否について、確認しておきます。
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
Xは、Aの賃料不払いに対して、相当の期間を定めて催告したうえで、それでも支払いがされなかったため、解除の意思表示をしています。
解除権発生の要件を満たしていた、と認められそうです。(Aの義務違反は、XA間の「信頼関係の破壊」に至っていたと認められるようです→「信頼関係理論」)
で、その効果として、、
(解除の効果)
第五百四十五条 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。
Xは、原状回復として賃貸建物の返還をAに請求できます。
Aは、原状回復義務として、賃貸建物の返還義務を負います。
ところが、本件では、Aが、賃貸借契約の解除後に、賃貸建物に無断で増改築の工事をしていました。
増改築の費用は、「有益費」にあたります。Aは、有益費償還請求権を有している。
(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
で、Aは、この有益費償還請求権に基づいて、「その支払いをしてくれるまで建物は引き渡さないよ!」と留置権を主張しているわけです。。
でも、こんな主張を認めると、解除された後も居座りたい賃借人は、勝手に建物に増改築の工事をして、その費用償還請求権を盾に留置権の主張をすればいい。。となってしまいます。
そこで、こうしたAによる留置権の主張を制限したい。
留置権の成立要件でひっかかる要件ないか、、
みると、、295条2項「前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。」この要件で制限できそうだ。直接適用はできないけど、類推適用でいけるんじゃないか!?
そういう流れに、なります。
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では、前回のおさらいも兼ねて、留置権の成立要件を確認、あてはめていきましょう。
(留置権の内容)
第二百九十五条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
留置権を行使する目的は、「物を留置することによって、被担保債権の弁済の実行を促すこと、弁済の実行を間接的に強制すること」にあります。
「弁済してくれるまで引き渡さないよ!」
で、弁済の実行を促す、弁済の実行を間接的に強制する。
留置権の成立要件
留置権の成立要件は、次の4つです。
1、他人の物の占有者であること
2、その物に関して生じた債権を有すること(物と債権の牽連性)
3、債権が弁済期にあること
4、占有が不法行為によって始まった場合ではないこと
1、他人の物の占有者
Aは、解除後も、X所有の賃貸建物を占有しています。
「他人の物の占有者」にあたります。
2、その物に関して生じた債権(物と債権の牽連性)
被担保債権は、どの債権でもよいわけでは、ありません。
「その物に関して生じた債権」つまり、「物と債権の牽連性」が必要とされます。
留置権の制度趣旨は、「公平の理念」にあります。
「物と関連のある債権」の弁済を促すためであれば、その物を留置することができる。それが公平でしょ、といえそうです。
で、「物と関連のある債権」とは、具体的には、1)「物自体から生じた債権」である場合、2)「物の引渡請求権と同一の法律関係または事実関係から生じた債権」である場合、とされています。
本件事案の有益費償還請求権は、1)「物自体から生じた債権」である場合にあたります。
「物と債権の牽連性」の要件もみたしています。
3、債権が弁済期にあること
弁済期が到来しているからこそ、「物を留置して、被担保債権の弁済の実行を促す、弁済の実行を間接的に強制する」なんてことが、認められます。
(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
(履行期と履行遅滞)
第四百十二条 債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。
2 債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負う。
3 債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。
本件では、解除により、賃貸借契約はすでに終了しています。終了した後に、有益費を支出しています。
法律の規定により生ずる債務は、原則として期限の定めのない債務である、とされています。「いつでも弁済期」といえます。
「債権が弁済期にあること」の要件もみたしています。
4、占有が不法行為によって始まった場合ではないこと
留置権の制度趣旨は、「公平の理念」でした。
「占有が不法行為によって始まった場合」、いわば不法占有者に留置権の主張を認めることは、「公平の理念」から認められません。
この要件で、Aによる留置権の主張を制限できるんじゃないか!?..でしたね。
ただ、条文は「占有が不法行為によって始まった場合」と書かれています。Aの占有開始時は、適法な賃貸借契約によるものでした。
でも、留置権の被担保債権である有益費の支出をしたのは、「賃貸借契約を解除された後」ですよね。すでに、建物を占有する権原のない、「不法な占有状態での支出」といえます。
そのような状態で発生した債権に基づいて留置権の主張をすることは、「占有が不法行為によって始まった場合」に、その不法な状態で発生した債権に基づいて留置権の主張をするのと同じように感じます。そんな主張を認めるのは「公平ではない」、同じではないかと。「公平の理念」から、2項を類推適用していいではないかと。
本判決も、2項の類推適用を認めています。
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判旨をみてみましょう。
判旨
Aが、本件建物の賃貸借契約が解除された後は右建物を占有すべき権原のないことを知りながら不法にこれを占有していた旨の原判決の認定・判断は、挙示の証拠関係に徴し首肯することができる。そして、Aが右のような状況のもとに本件建物につき支出した有益費の償還請求権については、民法二九五条二項の類推適用により、上告人らは本件建物につき、右請求権に基づく留置権を主張することができないと解すべきである
Aによる留置権の主張を制限しています。
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まとめ
留置権の制度趣旨は、「公平の理念」にあります。
個々の成立要件の解釈も、「公平の理念」から導くことができます。
295条2項の類推適用も、「公平の理念」から導くことができました。
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今回は、以上です。
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Over the Rainbow
これを書いたひと🍊