未分類

不法行為/被害者側の過失/共同不法行為者の責任の性質/使用者から被用者に対する求償権の行使/工作物責任/損害賠償請求権の消滅時効の起算点

更新日:

不法行為責任

今回は、不法行為に関するいくつかのお話です。

Photo by Tanalee Youngblood on Unsplash

肢ア、被害者側の過失ですね。

(損害賠償の方法及び過失相殺)
第七百二十二条  第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2  被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる

722条2項にいう被害者の過失とは、被害者本人の過失に限らず、広く被害者「側」の過失を含むという、有名な判例のある論点ですね。

肢1では、夫の運転する自動車の助手席に同乗していた妻が事故により負傷してしまった事例で、妻が事故の相手方に損害賠償請求するに際して、夫の過失も考慮して損害額が算定されることになります。

なぜ?

不法行為を貫くひとつの理念

不法行為の全ての論点は、ひとつの視点(理念)から説明することができます。

その視点(理念)とは、「損害の公平な分担」です

つまり、不法行為によって発生した損害は、関係する当事者間で公平に分担しようよ、一部の当事者に全額を押し付けるのは不公平でしょ、ということ。

被害者側の過失の論点も、共同不法行為の論点も、使用者責任の論点も、全ての不法行為の論点はこの視点(理念)から説明できるのです。

判例も明言をしています。(例えば、被害者側の過失の判例である最判昭和51.3.25。使用者責任の判例である最判昭和51.7.8。)

被害者側の過失の判例(最判昭和51.3.25)は次のように言っています。

民法722条2項が不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、不法行為によって発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであると考えられるから、被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者の過失、すなわちいわゆる被害者側の過失をも包含するものと解される。

被害者「側」とは、「被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者」と定義しています。

ここでも「損害の公平な分担」という理念から、「被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者」の過失は、被害者の過失と同一視して、損害賠償額を算定する際に考慮するのが公平でしょ、ということです。

全てこの理念から導かれます。

また、もうひとつの視点として、「財布はひとつ」という点の考慮もあるようです。(現実的にはひとつではありませんけど。。)

つまり、夫婦共同体や同居親族の財布はひとつだから(経済的に一体だから)、損害賠償請求の算定に際しては被害者「側」の過失として考慮して計算することで、賠償請求がグルグル循環することを防げる、という視点です。

例えば、肢アの事例で、仮に損害額1千万円、相手方の過失7割、夫の過失3割とします。妻が相手方に損害賠償請求するに際して、夫の過失割合を考慮に入れず全額の1千万円を請求したとしたら、相手方から妻に1千万円が支払われた後、相手方は夫に対して夫の過失割合3割にあたる300万円を求償することになります。

つまり、まず、相手方から妻に1千万円、次に、夫から相手方に300万円、結局、夫婦のもとには700万円となります。だったら、最初から相手方に700万円の請求でいいじゃないの?ということです。「夫婦共同体の財布はひとつ」とはこういう意味です。

この視点から、上の判例はちょっと変なことを言っていますね。

夫が妻を同乗させて運転する自動車と第三者が運転する自動車とが、右第三者と夫との双方の過失の競合により衝突したため、傷害を被った妻が右第三者に対し損害賠償を請求する場合の損害額を算定するについては、右夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなど特段の事情のない限り、夫の過失を被害者側の過失として斟酌することができるものと解するのを相当とする。

「夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなど特段の事情のない限り、」夫の過失を被害者側の過失として斟酌することができる。そう言っています。

夫婦共同体が破綻にひんしている状態では、もはや財布はひとつじゃないでしょ、その場合は別ですよ。ということですね。

ということで、肢アは妥当です。

肢イ、共同不法行為者の責任の性質

(共同不法行為者の責任)
第七百十九条  数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
2  行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。

共同不法行為者は、「各自が連帯して」発生した損害の全額の賠償債務を負担します。

ここにいう「連帯して」とは、「不真正連帯債務」の意味であるとされています。

なぜ、「不真正連帯債務」なのでしょう?

まず、なぜ、「連帯」なのか?

債務者が数人いる場合、原則として各債務は分割債務となります(427条 分割債務の原則)。

(分割債権及び分割債務)
第四百二十七条  数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う

原則に従うと、共同不法行為者は、各自分割した債務を負うことになってしまう。

被害者は、共同不法行為者一人ひとりに対して分割した賠償請求をしなければならない。共同不法行為者の中に無資力の者がいた場合、そのリスクを被害者が負担することになってしまう。つまり、全額の賠償を受けられない。。

被害者がこういう負担を負うのはおかしいですよね。負担を負うべきは加害者側であるべきです。被害者には、賠償能力のある(お金をもっている)共同不法行為者のひとりに対して全額の賠償請求を認めてあげるべきです。

全額を賠償した共同不法行為者は、自らの過失割合を超える分については他の共同不法行為者に求償していく。支払い能力のない共同不法行為者がいた場合には、そのリスクは共同不法行為者間で負担すべき。それが被害者救済という不法行為責任の最大の目的から当然のことですよね。

で、これを法律的に構成すると、「連帯債務」と解することになるわけです。

第三款 連帯債務
(履行の請求)
第四百三十二条  数人が連帯債務を負担するときは、債権者は、その連帯債務者の一人に対し、又は同時に若しくは順次にすべての連帯債務者に対し、全部又は一部の履行を請求することができる

ただ、連帯債務には〈絶対効〉というものがあります(434条以下)。例えば、連帯債務者の中の誠実な一人に対して債務の免除をしたとき、あるいは、一人につき消滅時効が完成してしまったとき、などに、その効果が他の連帯債務者にも生じてしまう。つまり、他の連帯債務者の債務も一部消滅してしまう。

(連帯債務者の一人に対する免除)
第四百三十七条  連帯債務者の一人に対してした債務の免除は、その連帯債務者の負担部分についてのみ、他の連帯債務者の利益のためにも、その効力を生ずる

(連帯債務者の一人についての時効の完成)
第四百三十九条  連帯債務者の一人のために時効が完成したときは、その連帯債務者の負担部分については、他の連帯債務者も、その義務を免れる

これは債権者側からすれば不利益ですよね。債権者である被害者にとっては、損害賠償請求額が減額してしまうことを意味します。

共同不法行為者側からすればラッキーです。「えっ、半分でいいの?」みたいな。それはおかしいです。

「不真正」連帯債務とは?

そもそも、連帯債務の〈絶対効〉というのは、「連帯債務者間には緊密な結合関係があるから一人に生じた事由は他の連帯債務者にも効果を生じる」というものです。

でも、出合い頭に衝突事故を起こした共同不法行為者の間に緊密な結合関係なんてありませんよね。相手方が誰なのか名前も知らないのが普通です。

共同不法行為者間には、〈絶対効〉を認めるそもそもの基盤がない。被害者救済のためにも〈絶対効〉を認めるべきではない。

そこで、〈絶対効〉というやつを共同不法行為の場面では外してしまおうと。それが、「不真正連帯債務」というわけです(最判昭和57年3月4日)。

連帯債務ではあるけれど、〈絶対効〉はない、本来の連帯債務ではない、「不真正」連帯債務であると。

従って、共同不法行為者の一人に生じた事由があっても、他の共同不法行為者に影響はありません。

ということで、肢イでは、共同不法行為者ABのうちBに対してだけ損害賠償債務の一部を免除しても、原則としてAの損害賠償債務に影響はないということになります。

被害者からすれば、誠実なBに対しては賠償債務を一部免除するけれど、謝罪する気持ちのかけらもないAに対しては全額の賠償請求をしますよ、ということです。

肢イも妥当です。

肢ウ、使用者責任における使用者から被用者に対する求償の論点です。

(使用者等の責任)
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない

肢ウ、使用者責任の求償の場面。条文上は「求償権の行使を妨げない」としか書かれていません。

でも、従業員が事業の執行について加えた不法行為につき、使用者である会社が損害の全額を賠償したとき、会社は従業員に対して、肢ウに書かれているように「事情のいかんにかかわらず・・賠償した全額を求償することができる」のでしょうか。。

「それはないでしょ!」そう思いますよね。例えば、会社が1億円を賠償したとき、会社は従業員に対して1億円全額を求償できる?「それはないでしょ。。」思いますよね。

過失で事故ったというのであれば、例えば、残業続きで疲れていたとか、ノルマがきつくて精神的にまいっていたとか、会社側の管理責任を問われることもあるでしょう。

従業員に対して求償できるとしても全額はないでしょ、、そう直観的に感じると思います。そういう自分の感覚を信じることが大事です。けっこう当たっているものです。

よく、民法は常識のある人には決して難しくない、そう言われます。法律の中でも、日常の生活に身近な民事の原則の法律ですから、日常感覚から妥当な結論になるように定められているのは当然のことですよね。

というわけで、「事情のいかんにかかわらず・・賠償した全額を求償することができる”」はおかしいでしょ、でOKです。

判例(最判昭51年7月8日)は次のように言っています。

ここでも「損害の公平な分担」というキーワードから、求償の範囲を「信義則上相当と認められる限度」に限定しています。

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、・・使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し・・求償の請求をすることができる

肢エ、工作物責任です。

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条  土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない
2  前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3  前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる

これは無視してOKです。細かすぎます。線路は土地工作物に当たるか?についての判例なんて僕も知りません。見たこともない。ただ、常識的に考えて鉄道会社が責任を負うのは当然のことでしょ?線路や踏切は「土地の工作物」でしょ?とは思いました。そんなんで十分です。

なお、一応の正誤の判断をする方法として、僕がどういう思考順序で考えているかについて書いておきます。

弁護士として初・元最高裁判所長官も明言する法律の思考順序とは?

「土地の工作物」にあたるか否かは、それを設置した管理者(占有者)に賠償責任を負わせるべきか否か?の結論から逆算して判断すればよいと思います。

鉄道会社に賠償責任を負わせるべきであれば、線路は「土地の工作物」にあたると解する。線路は「土地の工作物」にあたるか?を理論的に考えて結論を出すのではなく、賠償責任を負わせるべきという結論から逆算して「土地の工作物」にあたると解釈する。

つまり、賠償責任を負うという結論が先にあって、理屈は後から付ける。

このように、法律の問題というのは、まず結論があって、その結論に説得力をもたせるために後から理屈を付ける。後から理論付けする。そういうものです。

え~!?と違和感を感じた方、きっといると思います。でも、法律の思考順序というのは結論が先にあるのです。このことは元最高裁判所長官の藤林益三さんも明言されています。

『明治人―言っておきたいこと』読売新聞大阪本社編

判例つまり裁判官が結論から先に考えるというのは分かりやすいと思います。

例えば、判例変更ってありますよね。これまでの判例の結論が現在の社会常識からズレてきてしまった、これまでは否定されていたけど、現在の社会の価値観からは肯定すべきだと。そういう時に判例はひっくり返る。

昨日まで否定してたのに180度ひっくり返って肯定する。理論じゃないです。理論がひっくり返ったんじゃない。結論が非常識になったから結論をひっくり返したんです。で、ひっくり返った結論のために新しい理屈を後から付ける。理論は後から付けるのです。

法律の勉強を始めて間もない頃は、理論から結論を出す、と勘違いしがちです。でも、法律の勉強は違います。逆です。結論から考える、理屈は後から付ける。。

この思考順序で問題文を読めば、肢エのような細かすぎて見たこともない知識でもその場で自分で正誤の判断をつけられます。鉄道会社に賠償責任を負わせるべきでしょ、との結論を妥当と思えば、遡って線路や踏切は「土地の工作物」にあたると解釈することになる。判例もそう解釈しています。

あなたも自分の常識を信じて判断してみてください。その判断は当たっているものです。知らない知識であっても、自分の常識を信じて結論を考えてみる、その結論のためにはこう解釈することになるなと。

ということで、肢エは細かいので「知らんわ」でOKですけど、一応の判断として、「AがB鉄道会社に対して土地工作物責任に基づく損害賠償を請求することはできない。」というのはおかしいでしょ!たぶん×。その程度に軽く判断して次に進みましょう。

肢オ、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の判例です。

(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

ここも細かいといえば細かいです。「不法行為の消滅時効は3年という短期である。」との条文知識を覚えることでいっぱいで、肢オの判例まではチェックしきれないかもしれません。

ただ、「後日その治療を受けるまでは、治療に要した費用について民法第724条の消滅時効は進行しない」として被害者の救済を図ったこの判例は、画期的で極めて重要な判例です。

本試験でも、まだまだ時効の問題の中の一つの肢として出題される可能性は十分あります。例えば、時効の起算点という視点からの問題の中の一つの肢として。

時効の起算点について少し見てみましょう。

(消滅時効の進行等)
第百六十六条  消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する

消滅時効は「権利を行使することができる時から」進行します。

ここに「権利を行使することができる時」とは、権利行使に法律上の障害がない状態を言います。権利行使するのに障害はないにもかかわらず、権利行使せずに放置したら、その時から起算して○○年後に時効消滅してしまいますよ。自業自得だよね。そんな趣旨です。

逆に言えば、〈法律上の〉障害がある時は権利行使できないわけで、時効は進行しません。権利行使できない状態なのに(時効中断の措置をとりようがない状態なのに)消滅時効が完成してしまって権利行使が永久に不可能性になってしまう、それは権利者にあまりに酷なことですから。

で、ここに〈法律上の〉障害とは何なんだ?というと、〈事実上の〉障害は含まないよという意味です。

〈法律上の〉障害がある時は可哀想なので時効は進行しないけれど、単なる〈事実上の〉障害にすぎない時、例えば、権利者が病気がちで権利行使できなかったとか、長期旅行に行っていて不在がちで権利行使できなかったとか、権利行使時期を知らなくて権利行使しなかったとか、権利者の個人的な事情にすぎないような事柄の場合は、ここにいう障害に含まないよという意味です。

そういう場合は、代理人に頼んだりして権利行使はできるでしょ、知らなくてとか言い訳にならないでしょ、そんな意味です。

時効の起算点については、テキスト等では166条(消滅時効の進行)あたりに表になっていることと思います。

表を見ていただくと、例えば、確定期限のある債権の場合は、期限到来の時から進行します。期限が到来すれば権利行使に法律上の障害はないですからね。

他方、期限の定めのない債権の場合は、期限の定めがないのですから、原則、債権発生の時から進行します。債権が発生した瞬間から進行を始めます。ただ、例外として、債務不履行による損害賠償請求権や不法行為による損害賠償請求権があります。

まず、債務不履行による損害賠償請求権の場合は、本来の債務の履行を請求できる時から進行します。

(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

債務不履行による損害賠償請求権というのは、本来の債務が転化したものにすぎず、同一性があるのです。つまり、本来の債務が履行されないので代わりにお金で解決しましょう、それが債務不履行による損害賠償請求権です。転化したもの、同一性がある、とはそういう意味です。

債権者にとってこの同一性のある一本の「権利を行使することができる時」とは、最初の時点、「本来の債務の履行を請求できる時」ですよね。だから、消滅時効は、本来の債務の履行を請求できる時から進行するのです。

ちょっとややこしいですけど、納得して覚えてしまいましょう。

そして、不法行為による損害賠償請求権の場合は、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から」進行します。

(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

不法行為の場合、債務不履行と異なり、必ずしも契約関係がある場合に限りません。不意の事故のように、加害者の名前すら知らないことのほうが多いでしょう。

また、被害を受けた当時は気付きようがなかった後遺症が後日に出た場合のように、損害が生じたこと自体を知らないこともありえます。

そういう場合に、権利行使できるのに権利行使せずに放置したんだから3年の消滅時効にかかってしまっても自業自得だよね、とは言えませんよね。

損害を受けたという事実、及び誰が加害者なのか、を知っていることが、権利行使するためには最低限必要ですよね。それが不明な状態では権利行使しようがないですから。

そこで、不法行為の損害賠償請求権の場合、消滅時効は「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から」進行するのです。

で、肢オで問われている事例に関して、判例(最判昭42年7月18日)は次のように言っています。

不法行為によって受傷した被害者が、その受傷について、相当期間経過後に、受傷当時には医学的に通常予想しえなかった治療が必要となり、その治療のため費用を支出することを余儀なくされるにいたった場合、後日その治療を受けるまでは、治療に要した費用について民法第724条の消滅時効は進行しない

事故当時は軽傷だと思っていたものの、事故から3年経過後、予想もできなかった重度の後遺症がでた。この時、3年経過しているからもう損害賠償請求はできません、残念・・ではあまりに酷です。事故との因果関係は明白なのに。。

事故当時には医学的に予想できなかった後遺症がでて治療が必要となった事例では、被害者は治療を受けるまで損害の発生自体を知るすべがないですよね。損害の発生自体を知りようがないのだから、権利行使のしようもないわけです。

つまり、この事例で消滅時効の起算点である「権利を行使することができる時」とは、「被害者・・が損害・・を知った時」、すなわち、「後日、後遺症がでて治療を受けた時点」ということになります。

まとめ

意地悪のない試験では、随所に問題作成者の好意を読み取ることができます。

「基本を固める勉強をしておけば、クリアできるように作ってありますよ。」

作成者の好意を素直に読み取ること。読み取れるまで、過去問を徹底的に分析すること。

過去問を解くことの意味はそこにあると思っています。

今回は、以上です。

-未分類

Copyright© 民法判例のブログ総則物権編 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.