民法判例百選Ⅰ[第7版] No.1.2
権利の濫用 1)宇奈月温泉事件 2)信玄公旗掛松事件
(大審院昭和10年10月5日)
(大審院大正8年8月3日)《権利の濫用》とは、「一見、正当な権利の行使にみえて、でも、それはいくらなんでも濫用でしょう⋯」そんなお話です。
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
《権利の濫用》の判例は、その結論自体は納得しやすいものだとおもいます。
「それはいくらなんでも認められないでしょう⋯。」
そんな、〈極端な事案〉ばかりなので。
1)宇奈月温泉事件
宇奈月温泉事件からみていきましょう。
〇 事案 〇
宇奈月温泉の湯は、7.5キロ離れた温泉から、引湯管によってはるばる引かれていたそうです。
「これはカネになるぞ」とおもったらしい原告は、引湯管がわずかにかすめる122坪の土地を入手して、温泉を管理する会社に対して、「オレの土地のうえを通ってるあんたのとこの引湯管、じゃまだから撤去してくれ。できないなら、土地を○万円で買い取れ!」そんな趣旨の要求をしました。
会社側が応じなかったため、原告は、所有権に基づく妨害排除を求めて提訴しました。
そんな事案です。
(なお、引湯管が原告の土地をかすめていたのは、わずかに2坪ほどの部分で、また、引湯管の撤去には巨額の費用を要するとのこと。)
原告は、引湯管がかすめる本件土地を購入、所有権を取得しています。(555条176条)
(売買)
第五百五十五条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(物権の設定及び移転)
第百七十六条 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。
本件土地の所有権者である原告は、本件土地の円満な支配を回復するため、所有権に基づく物権的請求権として「妨害排除請求権」を有しています。(→土地崩壊の危険と所有権に基づく危険防止請求(物権的請求権))
とはいえ…上の原告の主張はちょっと…ですよね。。
判旨をみてみましょう。
〇 判旨 〇
(古い判例で全文カタカナの長い文ゆえ引用は省略します)
上告棄却
原告の請求は棄却されました。ですよね。。
判例はどう考えたかというと、
客観的要件と主観的要件。具体的には、客観的要件として、一方で、権利主張する原告の損失は、わずか2坪部分に引湯管がかすめているだけという小さなもので、他方、被告会社側は、原告の請求に従って引湯管の撤去をするには巨額の費用が必要であり、原告の損失に比較して、あまりにも大きな負担を強いられてしまうこと。しかも、主観的要件として、権利行使者である原告には、金をぶんどってやろうという害意も認められること。このような原告の請求は、「適法な権利行使を装った権利の濫用に他ならない」そう判断しました。
「客観的要件と主観的要件を判断基準として用いた」点、ここに宇奈月温泉事件判例の特徴があります。
この「客観的要件と主観的要件を判断基準として用いる」という方法は、他の論点でも使われていますね。
例えば、《詐害行為取消権における詐害行為の成否の判断》。
(詐害行為取消権)
第四百二十四条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。
「客観的な行為の詐害性」と「主観的な債権者を害する意図認識(「債権者を害することを知りて」)」、この2つを相関的に判断して《詐害行為に当たるか否か》を導き出すわけです。
”相関的に判断”とは、客観的に行為の詐害性が弱いときは主観的に債権者を害する”意図”まで必要とし、反対に、客観的に行為の詐害性が強いときには主観的には債務超過の”認識”で足りる、つまり、客観面が弱いときは強い主観面を必要とし、客観面が強いときは比較的弱い主観面で足りる、そういう意味です。
宇奈月温泉事件の判例が、客観的要件と主観的要件を”相関的に判断”しているかどうかは、分かりません。
ただ、他の判例では、実は、「客観的な利益衡量」だけで判断しているものが結構あるようです(っていうかそっちが主流)。
例えば、《米軍基地に土地を提供していた原告が、契約終了後に国に対して土地の返還を求めた板付基地事件》(最判昭和40.3.9)。
「駐留軍への土地提供は安保条約3条に基づく条約上の履行であるという公共性」を理由に、原告の請求は権利の濫用にあたるとして退けられました。「公共性」のあまりの大きさに主観的要件は不要としたのでしょうか。「公共性」と比較衡量されたら、「公共性」のほうが勝ちますよね。。
権利の濫用の判例は、他にもいくつかあります。それぞれ、「そりゃそうだろなあ。。」「それは認められないでしょ。。」と、結論を納得した上で、頭に入れてしまいましょうね。
借地の新所有者からの明渡請求が権利の濫用にあたるとされた最判昭和38年5月24日
これは、「土地の賃借人に対抗力がなかった」事案です。対抗力があれば、新所有者にも借地権を対抗できるので何ら問題はありません。
(不動産賃貸借の対抗力)
第六百五条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。
この事案では、「借地人が対抗力を備えていなかった」ため、原則として、その借地権を借地の新所有者に対抗できません。
新所有者から土地の明け渡しを請求されたら、拒めないわけです。ただし、〈借地の新所有者からの明渡請求が権利の濫用にあたり許されない場合〉があるよ。それは、「借地の新所有者が、賃貸人と経済活動において実質上同一体である賃貸人の近親や同族会社であった場合」だよと。つまり、「対抗力のない借地人を追い出すために、形式上、身内に土地を譲り渡したにすぎない、新所有者も賃貸人とグルだった場合」だと。「そんな新所有者からの明渡請求は権利の濫用で許されないよ」とした判例です。客観的要件と主観的要件、あてはめてみてくださいね。そりゃそうだよね、でOKです。
他にも、 消滅時効の援用が権利濫用にあたるとされた最判昭和51年5月25日などありますけど、全て共通して、「その主張は勝手すぎでしょう、、」みたいな、容易に権利の濫用と判断できるものといっていいとおもいます。出題されたときは、「それは認められないでしょう。」くらいの当たり前の判断をしておけば、あたっています。きっと。知らない判例がでてきても全然大丈夫。権利の濫用はそんな感じです。
ついでに、2つ目の判例もみておきましょう。
2)信玄公旗掛松事件
この判例は、「武田信玄が旗をかけたと言い伝えられる由緒ある松樹のすぐよこを鉄道が通るようになったため、松樹が煤煙などで枯れてしまった」という事案で、鉄道会社に対して、「鉄道の運行が権利の濫用(土地所有権の濫用とされてます)にあたり、損害賠償責任を負うべき」としたものです。
まあ、古い判例ですし、、「枯れちゃったからね、、」ということで、「権利の濫用にあたる」とされた結論だけ頭に残しておけば十分です。
今回は、以上です。
今年の冬はほんと寒いですね。最初の判例が宇奈月温泉事件というのも、ぴったりで、よいスタートになったかな、とおもっています。
今回の動画は、寒さに負けてなんていられないぞ、そんな動画です。では、どうぞ。
#findingwinter: Power In Numbers from Mountain Hardwear on Vimeo.
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これを書いたひと(僕です。)