物権法 物権的請求権

土地崩壊の危険と所有権に基づく危険防止請求(物権的妨害予防請求権)をわかりやすく(大審院昭和12年11月19日判決)

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物権的請求権

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.46
土地崩壊の危険と所有権に基づく
危険防止請求
(大審院昭和12年11月19日)

今回から、物権ですね。

今回は、「所有権に基づく物権的妨害予防請求権」を初めて一般的に承認した判例です。

「物権的妨害予防請求権が認められる一般的基準」を定立した判例です。

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物権的請求権

物権的請求権って、何でしょう?

3つあるとされていますよね。

物権的返還請求権

物権的妨害排除請求権

物権的妨害予防請求権

です。

その根拠は?

物権とは、「物を直接的・排他的に支配する権利をいう」と定義されています。

物権的請求権というのは、「物権の直接支配性を根拠として、その円満な支配状態を回復するため、あるいは予防するため、現に侵害状態を生じさせている者、あるいは侵害するおそれのある者に対して、一定の行為(返還、妨害排除、妨害予防)を請求できる権利である」とされています。

今回の判例は、侵害が現実に生じてはいないものの、その危険があり、予防する必要があるとき、どのような基準を満たせば「物権的妨害予防請求権」が認められるか、について、判例として初めて一般的な基準を明示したものとされています。

では、事案からみていきましょう。

事案

AとBは、お隣同士です。

Aが所有するのは、甲土地。

B が所有するのは、乙土地。

Bは、乙土地の用途を畑から水田へと変更する際、乙土地を、お隣の甲土地との境界に沿って約70センチほど、垂直に掘り下げました。その結果、甲と乙の境界には、高さ約70センチの断崖が生じています。

その後、乙土地はBからCに譲渡されました。

なお、甲土地上には、乙土地との境界から約1.8メートル離れたところに家屋がたってます。

さらに、甲土地の地質は砂地です。そのため、現在、断崖になった境界付近において、甲土地の一部が乙土地へと崩落する危険を生じています。

そこで、Aは、甲の所有権に基づいて、「当該危険を防止するのに必要な措置」の実施をCに求めて、提訴しました。

そんな事案です。

判旨

〈凡そ所有権の円満なる状態が他より侵害せられたるとき〉所有権の効力としてその侵害の排除を請求し得べきと共に所有権の円満なる状態が他より侵害せられる虞あるに至るとき〉又所有権の効力として所有権の円満なる状態を保全するため現にこの危険を生ぜしめつつある者に対しその危険の防止を請求しうべきものと解せざるべからず(注、否定の否定だから肯定。つまり、「解される」)。

土地の所有者は法令の範囲内において完全に土地を支配する権能を有する者なれどもその土地を占有保管するについては特別の法令に基づく事由なき限り隣地所有者に侵害又は侵害の危険を与えざるよう相当の注意をなすを必要とするものにして〈其の所有にかかる土地の現状に基き隣地所有者の権利を侵害し若くは侵害の危険を発生せしめたる場合に在りては〉該侵害又は危険が不可抗力に基因する場合若くは被害者自ら右侵害を認容すべき義務を負う場合の外該侵害又は危険が自己の行為に基きたると否とを問わず又自己に故意過失の有無を問わず此の侵害を除去し又は侵害の危険を防止すべき義務を負担するものと解するを相当とす

土地の所有者はその所有権を行使するに付きても隣地所有者の権利を侵害し又はこれに侵害の危険を与えざるよう相当の注意を為すを要し〈これが侵害の危険を与えたる場合においては〉これが予防設備を為すの義務あり

大審院の判例で、読みにくいですね。

結論として、

〈乙土地の所有者Cは、所有する(支配する)乙土地を通じて、甲土地崩落の危険を現に惹起している、つまり、Aによる甲土地の円満な支配状態を妨害しようとしている〉から、AはCに対して、「侵害を予防するのに必要な措置」をとるよう請求できる。

そう判示しました。

その際、侵害の危険が生じた経緯、例えば、「それがC自身の行為に基づくか否か、又その点についてCに故意過失があるか否か」を問わない、といっています。

つまり、乙土地を約70センチほど垂直に掘り下げて、甲土地の崩落の危険を生じさせたのは、Cではなく、前の所有者Bです。そうであっても、現在、乙土地の所有者であるCが、乙土地の支配を通じて現に甲土地の侵害の危険を惹起しているのだから、その危険を防止する必要な措置をとる義務がある、そう判示しました。

ただ、例外として、「侵害又は危険が不可抗力に基因する場合若くは被害者自ら右侵害を認容すべき義務を負う場合」を挙げています。危険が不可抗力に基因する場合は、危険防止義務を負わない、といっています。(つまり、例外の場合は物権的請求権は発生しないので、これを除けば、判例は純粋な行為請求権説である、といえそうです)

もう少し、判旨の構成を丁寧にみてみましょう。

物権的妨害予防請求権の発生要件として、一般に、〈侵害が違法と評価されること〉が必要とされています。

「侵害の危険があるから予防の措置をとれ」といっても、侵害の危険の程度には幅がありますし、人によって感じ方が違ったりします。あらゆる全ての危険を違法と評価してしまったら、かえって土地所有権の行使を不当に制約することになるおそれがあります。

そこで、本件判例は、「その侵害が本当に予防されるべきものであるのかどうか」「違法性ありと評価できるのかどうか」それを判定する一般的基準を示しています。

つまり、

1、土地の所有者は、隣地所有者の権利を侵害し又はこれに侵害の危険を与えないよう相当の注意を為す義務があり、この義務に違反する場合に違法と評価される。

2、具体的には、「侵害又は危険が不可抗力に基因する場合」あるいは「被害者自ら右侵害を認容すべき義務を負う場合」は例外として、そうでない限り、それは違法と評価され、現にある侵害の危険を防止する義務を負う。その際、侵害又はその危険が生じた経緯~侵害又は危険が自己の行為に基づいているか否か又その点について自己に故意過失があるか否か、は問わない。

ここで注意すべきは、2、の、「侵害又はその危険が不可抗力による場合」は物権的請求権が否定される、といっている部分の射程範囲です。これまでの学説は、これをあらゆる所有権侵害の場面に及ぶと、つまり、「侵害又はその危険が不可抗力による場合」には物権的請求権は一切認められない、そう判例はいっていると受け取って、それは不当だとして、忍容請求権説とか様々な説が主張されていたようです。

でも、本件判旨の射程は、本件のような事案、つまり、「隣接する土地の間における所有権侵害、しかも、高位にある土地の一部が低位にある土地へと崩落することによる所有権侵害の場面に限定される」と捉えるべきである、とされているようです。

そうだとすれば、隣地間の土地所有権侵害であっても、「一方の土地に植えられている樹木の枝や根が伸びて、隣の土地に侵入している場面」では、それが不可抗力によるか否かにかかわらず、侵害を違法と評価されることになります(233条参照)。

(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第二百三十三条  隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2  隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。

また、「土地の上に放置された動産の撤去や不法に建てられた建物の収去が問題となる場面」では、それぞれの侵害類型の特質に応じた違法性の判断基準が探求されるべきだ、とされています。

まとめ

ここ数年、集中的な豪雨が頻発しています。豪雨で隣地が崩れて、土砂が境界をこえて流れ込む。ありそうですよね。

個人的に僕の実家でも、狭い庭の木の枝が伸びて、お隣さんから、「境界をこえてうちの敷地内に入り込んでるよ!」そう言われて、軽くもめたことがあります。「根っこもきてるよ!」そうも言ってたな。。だいぶ前のはなしですけど。

物権的請求権というのは、論点としてはマイナーな感じですけど、現実的には、とっても身近な法律問題なのかもなぁ。そんなふうにおもいました。

こういう判例をチェックできること。ここに、僕自身の、当ブロブを続ける意義があります。

今回は、以上です。

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