心裡留保による意思表示に関して
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2020年4月1日施行の改正民法により、無効要件の見直し(1項)、第三者保護規定の新設(2項)がされました。
(心裡留保)
新法第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(旧)第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
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見直し/新設の必要性
今回の改正は、①社会・経済の変化への対応、②国民一般にとっての分かりやすさの向上を目的としています。
今回投稿のテーマは、②国民一般にとっての分かりやすさを向上させるため、確立した判例や通説的見解など現在実務で通用している基本的なルールを明文化するものです。
無効要件の見直し(1項)
心裡留保とは、表意者が真意でないことを知りながら意思表示をすること。
いわゆる『意思の不存在』(意思表示があっても内心の意思が欠けている場合)には、心裡留保(93条)、虚偽表示(94条)、錯誤(95条)があります。
心裡留保は、意思と表示の不一致を表意者自身が認識している場合です。表意者保護の必要性に乏しいので、相手方の取引安全の保護のために、原則として意思表示通り有効とされます。(93条1項本文、表示主義)
これに対して、錯誤は、意思と表示の不一致を表意者自身が知らない場合です。表意者保護の必要性があるので、原則として取り消しできるとされます。(95条1項、意思主義)
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心裡留保は原則として有効です。(93条1項本文、表示主義)
表意者保護の必要性に乏しく、表意者の内心など分からない相手方の取引安全の保護のためですね。
ただ、相手方も、その意思表示が表意者の真意でないことを知っていた知り得たときは、相手方の取引安全を図る要請がないので、意思表示は無効とされます。(93条1項ただし書、意思主義)
この無効要件として、旧法では、「相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたとき」とされていました。
でも、表意者の真意を具体的に知らなくても、その意思表示が表意者の真意ではないことを知っているときは、相手方の取引安全を図る必要性は乏しいので、「相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたとき」は、その意思表示は無効となると解釈されていました。
そこで、国民一般にとっての分かりやすさの向上を目的として、改正法において、そのように明文化されました。
第三者保護規定の新設(2項)
旧法には、無効となる心裡留保による意思表示(1項ただし書の場合)を信頼した第三者を保護する規定がありませんでした。
でも、第三者の信頼を保護する必要はあるので、判例は、94条2項を類推適用して善意の第三者を保護するとしていました。(最判昭和44年11月14日)
(虚偽表示)
第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
なぜ「善意」のみ?
「第三者の取引の安全」を図るための「第三者の保護要件」の内容は、「本人の帰責性」の大きさとの比較衡量により相関的に決まるといえます。
例えば、「本人の帰責性」が大きい場合には、「第三者の保護要件」は緩やかでよい、といえます。逆に、「本人の帰責性」が小さい場合にば、「第三者の保護要件」は厳しくなる、といえる。
真意でないことを知りながら意思表示をした表意者には、(94条虚偽表示と同様に)大きな帰責性が認められるので、第三者は、「善意」であれば足り、無過失を要しないとされていたのですね。
そこで、改正法では、こうした確立した判例として現在実務で通用している基本的なルールを明文化、「前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」との規定を新設しました(93条2項)。
まとめ
今回の改正では、心裡留保による意思表示に関して、②国民一般にとっての分かりやすさの向上を目的として、確立した判例や通説的見解など実務で通用している基本的なルールを明文化しました。
心裡留保による意思表示に関して無効要件を見直し(新法第93条1項)、第三者保護規定を新設しています(新法第93条2項)。
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参考)
[93条2項]と[94条2項]と[95条4項]と[96条3項]さらに[545条1項但書]の、「第三者の保護要件」の違いについて、それぞれの利益状況を見比べながら、まとめてみてみることにしましょう。
(心裡留保)
新法第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(虚偽表示)
新法第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(錯誤)
新法第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
(詐欺又は強迫)
新法第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
(解除の効果)
新法第五百四十五条 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3 第一項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。
4 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。
それぞれの場面における、「第三者の保護要件」は次のようになっています。
[93条2項]→善意のみ
[94条2項]→善意のみ
[95条4項]→善意かつ無過失
[96条3項]→善意かつ無過失
[545条1項但書]→登記
なぜ、このような違いが生じるのでしょう?
そうですね。
「第三者の保護要件」の内容は、「本人の帰責性」の大きさとの比較衡量により相関的に決まるでしたね。
では、各条文における、「本人の帰責性」の大きさとの相関関係で、それぞれの「第三者の保護要件」をみてみましょう。
[93条2項]
真意でないことを知りながら意思表示をした表意者には、(94条虚偽表示と同様に)大きな帰責性が認められるので、第三者は、「善意」であれば足り、無過失を要しません。
[94条2項]
ここでは、本人は通謀虚偽表示の張本人ですね。「本人の帰責性」はとても大きい。
とすれば、「第三者の保護要件」は緩やかでよいといえます。「第三者の取引の安全」のほうを重視するべきだと。そこで、「第三者の保護要件」として「善意」のみで足りると。
[95条4項]
表意者には、錯誤に陥ったことについて落ち度があるものの、94条の通謀して虚偽表示をした表意者ほどは帰責性が大きくないと認められるので、第三者は、「善意でかつ無過失」を要するとされました。
[96条3項]
ここでは、本人は詐欺の被害者です。可哀想といえば、可哀想です。ただ、騙された側にも落ち度はあるのですね。帰責性はあると言われてしまいます。といっても、通謀虚偽表示の張本人と比べたら、「本人の帰責性」は小さいといえる。
とすれば、[94条2項]と比べて「第三者の保護要件」は少し厳しくするべきだ、といえます。「本人側の保護の要請」もあると。そこで、「第三者の保護要件」として「善意かつ無過失」を必要とすると。
[545条1項但書]
ここでは、「本人の帰責性」はあるの?ってくらい小さいです。解除の場面です。本人が解除するというのは、相手方が履行期になっても代金を支払わない、催告しても支払わない。で、本人は解除するわけです。「本人に落ち度」ありますか?あえて言えば、そんな相手方を信頼して契約を結んだことに帰責性がある、という程度でしょう。あるとしても、「本人の帰責性」はとても小さいです。[96条3項]と比べてもさらに小さい。
とすれば、「第三者の保護要件」はさらに厳しくするべきだ、と。「本人側の保護の要請」が大きいと。そこで、「第三者の保護要件」として「登記を備えること」を必要とすると。
なお、解除の場合、第三者の主観は考慮できません。善意や無過失を要件とすることはできません。なぜなら、解除原因を第三者が知っていたとしても、例えば、相手方が代金の支払いを遅延していたことを第三者が知っていたとしても、解除されるか否かは第三者には分かりません。遅れたものの支払うかもしれません。代金支払いの遅延を知っていたから保護しない、なんていえない。善意を要件とするなんていえないのです。そこで、残された要件といえば、”登記を備えること”しかないのですね。
また、判例は、この「第三者の保護要件」としての登記を、”対抗要件としての登記”としているようです。でも、ここは177条の適用場面ではありません。《詐欺取消前の第三者》も《解除前の第三者》も、177条の適用場面ではない。177条というのは、「登記をしないでいると権利を対抗することができませんよ、先に登記されたら権利を対抗できなくなってしまいますよ。」そう脅かして、間接的に登記を強要する規定です。そうしないと、誰も登記なんてしないのです。お金かかるから。。登記させて、所有権等の所在を一応明らかにして、不動産取引の安全を図る。それが177条です。「登記をしないでいるとペナルティーがあるよ。」そんなことをいえるのは、「登記ができる状態にある」からですね。「登記できるのに登記しないと・・」という状態。この点で、《取消前》や《解除前》の本人は、まだ、「登記できる状態」にありません。「取り消したら登記を取り戻せる状態になる」。「解除したら登記を取り戻せる状態になる」。だから、《詐欺取消後の第三者》《解除後の第三者》の場面では、177条の適用となるのです。「本人は所有権の復帰を登記できるのに登記しないでいると第三者に対抗できなくなるよ」といえる。「第三者は登記しないでいると所有権取得を対抗できないよ」といえる。177条の適用場面ですね。にもかかわらず、判例は、《解除前の第三者》について、”対抗要件としての登記”を要件としています。その意味するところは明らかではありません。僕のおもうには、第三者は登記をしないと保護されない、本人に権利を対抗できない、それはつまり”対抗要件”でしょ。そんな意味なのかな、とおもっています。私見です。。ここの登記は、一般に、”権利保護資格要件としての登記”といわれています。
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今回は、以上です。
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