所有権 物権法

金銭所有権をわかりやすく~不当利得返還請求(民法703条704条)(最高裁昭和39年1月24日判決)/誤振込事案(最判平成8年4月26日判決)

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金銭所有権

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.73
金銭所有権
(最高裁昭和39年1月24日)

今回は、「金銭所有権」の判例です。

「金銭所有権」。。?

どのような議論なのでしょう?

photo credit: byb64 "Les anémones", ca 1912, Odilon Redon (1840-1916, Musée des Beaux-Arts, Hambourg, Allemagne. via photopin (license)

「占有=所有権」説

例えば、、

金銭を盗まれた人と、金銭を盗んだ犯人つまり盗人がいます。

この場合、金銭を盗まれた人は、盗人に対して、金銭所有権に基づく返還請求(物権的返還請求)を求めることができるでしょうか?

「できるでしょ。。」そんな気もしますね。

でも、判例は、No!という立場です。

学説の通説も、No!です。

つまり、

金銭を盗まれたは人、金銭所有権に基づいて、盗まれた金銭の返還請求ができない。

金銭を盗まれた人は、盗まれた時点で、金銭所有権を喪失しているから、”金銭所有権に基づいて”、盗まれた金銭の返還請求ができない。

では、金銭の所有権者は誰なの?かというと、、

金銭を盗んだときに、盗人に、金銭所有権が帰属することになります。

これが判例の立場であり、学説の通説の立場である、「占有=所有権」説です。

つまり、「金銭の占有者=金銭の所有権者」という説です。

○  ○  ○

金銭も、動産です。

動産であるならば、上のような処理には、大きな違和感を感じますよね。

通常の動産であれば、「動産の占有者≠動産の所有権者」という状況が、普通にあります。

つまり、占有はあるけど、所有権はない、という状況。あるいは、占有はないけど、所有権はある、という状況。

そうした場合、通常の動産であれば、占有を失った動産の所有権者は、理由なく動産を占有する盗人等に対して、所有権に基づいて、動産の返還請求を求めることが、当然、できます。

物権的返還請求権ですね。

通常の動産であれば、これが、できます。

ところが、金銭の場合は、動産であるにもかかわらず、それが、できない。

盗まれたら、金銭所有権も喪失する、とされています。

盗人に、金銭所有権が帰属することになる、とされています。

えっ!?とおもいますけど、「金銭は、他の動産とは異なる、特殊性を有する」ということなのでしょうね。

その特殊性とは?

判旨をみてみましょう。

判旨

「金銭は、特別の場合を除いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきであり、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情のないかぎりその占有者と一致すると解すべき」であり、また「金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によつて取得したか、またその占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属者即ち金銭の所有者とみるべきものである」

本件において・・・一一万円余はXから交付をうけたとき、六万余円は着服横領したとき、それぞれAの所有に帰しXはその所有権を喪失したものというべきである。

事案は、Xが騙された被害者、Aが詐欺&横領の犯人です。

判旨は、「金銭の特殊性」について、次のようにいいます。

金銭は、特別の場合を除いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべき

そして、

価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情のないかぎりその占有者と一致すると解すべき

金銭は、価値そのものであり、価値は金銭の所在に随伴するものだから、「金銭の占有者=金銭の所有権者」と解すべき、といっています。

わかるような・・わからないような・・難しいですね。。

○  ○  ○

では、なぜ、「金銭の占有者≠金銭の所有権者」ではいけないのか?考えてみましょう。

実は、判例も、かつては、金銭を、通常の動産と同様に扱っていました。

つまり、金銭の占有を奪われたとしても、金銭所有権は原所有者(盗まれた被害者)のもとに残ったままであり、原所有者(盗まれた被害者)は、金銭所有権に基づいて、金銭を占有している盗人(さらに転得者)に対して、金銭の返還請求を求めることができる、との立場にたっていました。

しかし、この立場によると、見知らぬ原所有者からの返還請求がこわくて、安心して金銭を受領することができなくなってしまい、金銭の交換手段・支払手段としての機能が破壊されてしまう、と批判をうけました。

また、物を所有権の対象とするには、特定性が確保されている必要がありますけど、金銭が占有者の他の金銭に混入してしまうと、「これが原所有者の所有する金銭だ」と、特定することは困難である、との指摘もありました。

そうした批判・指摘をうけ、戦後の判例は、金銭について、「占有=所有権」説、すなわち、「金銭の占有者=金銭の所有権者」との説を採用(最判昭和28年1月8日)、現在に至っています。

判旨はつづけて、

金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によつて取得したか、またその占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属者即ち金銭の所有者とみるべきものである

とまで、いっています。

たとえ、盗取や詐取による占有の取得であっても、占有取得の理由・占有権限の有無にかかわりなく、金銭を現実に支配して占有する者は、金銭の所有者とみるべきだ、といっています。

そう考えないと、安心して金銭を受領することができず、金銭の交換手段・支払手段としての機能が破壊されてしまう、のでしたね。

そして、結論として、

本件において・・・一一万円余はXから交付をうけたとき、六万余円は着服横領したとき、それぞれAの所有に帰しXはその所有権を喪失したものというべきである。

詐欺・横領犯人Aが金銭所有権を取得し、被害者Xは金銭所有権を喪失する、と結論づけています。

騙された被害者Xから11万円の交付をうけたとき、被害者Xの6万円を着服横領したとき、それぞれ、11万円、6万円の金銭は、犯人Aの所有に帰し、原所有者Xは、金銭の占有を失った時点で、金銭所有権も失ってしまう、のですね。

被害者かわいそう・・

お金を返せ!といえないの。。

いえ、そんなわけは、ありませんよね。

もちろん、返還請求をすることができます。

では、何を根拠として、返還を求めうるか?というと、、

この場合、被害者は、民法703条704条の定める、不当利得返還請求によって、占有者が不当に得た利益の返還を、求めることができます。

不当利得の返還義務
第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う

(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならないこの場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

盗人や詐欺者が金銭を占有している場合

まず、〈盗人や詐欺者が金銭を占有している場合〉は、盗人や詐欺者は「悪意の受益者 」にあたりますから、盗取・騙取した金額に、利息を付けて返還しなければなりません(704条)。

被害者は、盗取・騙取された金額に利息を付した金額の返還請求を、求めることができます。

盗人や詐欺者から金銭の交付をうけた、第三者が金銭を占有している場合

これに対して、〈盗人や詐欺者から金銭の交付をうけた、第三者が金銭を占有している場合〉は、どうでしょう?

例えば、被害者Xから金銭を騙し取った詐欺者Aが、その金銭を、自らの債権者Yに対する債務の弁済にあてた場合、被害者Xの、Yに対する、不当利得返還請求が認められるでしょうか?(騙取金弁済事案)

この場合、Yは、債権者の立場で、債務者Aから、弁済として金銭を受領したのであり、形式的には、「法律上の原因」に基づく正当な取得である、といえそうです。

つまり、「法律上の原因なく他人の財産・・によって利益を受け」にあたらず、被害者による不当利得返還請求は認められない、となりそうです。

しかし、弁済として受領した金銭が、騙取金であることを、債権者Yが知っていた、さらには、債権者Y自ら、「返せないなら、誰かを騙してでも金をつくってこい!」「盗んでこい!」と、詐欺や窃盗を教唆したような場合にも、それでも、債権者として弁済を受けただけ、「法律上の原因」に基づく正当な取得だ、とする主張には、少なからず抵抗を感じます。

○  ○  ○

不当利得制度の根拠は、正義公平の理念にある、とされています。

正義公平の理念からすれば、上のような債権者Yを、被害者Xとの関係において、法律上、保護する必要はない、ともいえそうです。

さて、ここは、最高裁の判例のあるところです。

判例は、どう判断したかというと、、

「およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるものである」が、いま〈甲が、乙から金銭を騙取又は横領して、その金銭で自己の債権者丙に対する債務を弁済した場合に、乙の丙に対する不当利得返還請求が認められるかどうか〉について考えるに騙取又は横領された金銭の所有権が丙に移転するまでの間そのまま甲の手中にとどまる場合にだけ、乙の損失と丙の利得との間に因果関係があるとなすべきではなく、甲が騙取又は横領した金銭をそのまま丙の利益に使用しようと、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し、あるいは銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金銭によつて補填する等してから、丙のために使用しようと、「社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかつたと認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべき」であり、また、「丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、丙の右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たる乙に対する関係においては、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当である」(最判昭和49年9月26日)

判旨は、まず、「不当利得制度の根拠は、公平の観念にある」といいます。

そのうえで、不当利得の要件である「受益と損失の間の因果関係」について、「社会通念上の連結があれば足りる」として、公平の観念から、「因果関係の直接性を緩和」しています。

判旨をみると、「騙取又は横領した金銭を、自己の金銭と混同させようと、両替しようと、銀行に預入れしようと、消費した後補填しようと、”社会通念上(被害者)乙の金銭で(債権者)丙の利益をはかつたと認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべき”」といっていますね。

そして、もう一つの要件「法律上の原因がないこと」については、「”(債権者)丙が(騙取・横領者)甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、丙の右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たる乙に対する関係においては、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当”」といっています。

形式的には、債権者として弁済を受領したものであり、一見、正当な取得のようにみえる、しかし、公平の観念からみて、債権者に悪意又は重大な過失がある場合には、被害者に対する関係においては、利得を正当なものとするだけの、実質的な理由がない。そういう趣旨とおもわれます。

今回の判旨に、戻りましょう。

価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情のないかぎりその占有者と一致すると解すべき

「特段の事情のないかぎり」、金銭の占有者=金銭の所有権者と解すべき、といっています。

つまり、「特段の事情」がある場合には、例外を認める、という立場です。

この、「特段の事情」がある、例外的な場合の一例として挙げられているのが、「特定の相続人が相続財産として占有する金銭を、共同相続人の共有財産である」とした、最判平成4年4月10日の判例です。

すなわち、金銭を占有する特定の相続人以外の共同相続人にとって、「占有のない金銭所有権(共有持分権)」を認めた判例、といえます。

○  ○  ○

相続財産のうち、〈金銭債権〉については、当然に、各共同相続人の相続分に応じて分割されて承継される、と解されています。

これに対して、〈金銭〉については、当然に分割されることはなく、共同相続人の共有となる、と解されています。金銭を占有(保管)している特定の相続人以外の共同相続人にしてみれば、占有のない金銭所有権(共有持分権)を持っていることになります。

この違いは、金銭は、後の遺産分割にあたって、実質的な不均衡が生じたときに、その調整手段として極めて有用なものだから、といわれています。

まとめ

金銭は、その特殊性から、他の動産と異なる扱いを、されています。

金銭については、原則として、「占有=所有権」つまり「金銭の占有者=金銭の所有権者」と解すべき 、というのが判例の立場でした。

ただし、「特段の事情のないかぎり」として、例外を認めています。

その「特段の事情」がある場合の例外の一例として、「特定の相続人が相続財産として占有する金銭を、共同相続人の共有財産である」とした、すなわち、金銭を占有する特定の相続人以外の共同相続人に、「占有のない金銭所有権(共有持分権)」を認めた、最判平成4年4月10日の判例がありました。

なお、判例は、誤振込事案においても、預金について、金銭と同様の扱いをしています。

つまり、受取人が誤振込金相当額の預金債権を取得し、振込依頼人は、受取人に対して、不当利得返還請求権を有するにすぎない、とした判例があります(最判平成8年4月26日)。

金銭所有権。。

単純にみえて、意外と深いなあ、そんな印象をうけました。

今回は、以上です。

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