今回は、民法判例百選Ⅰ総則物権 第9版 43『賃借権の時効取得』最高裁昭和62年6月5日を素材にして設問を作成、答案を書いてみようとおもいます。
設問は、事例問題です。
判例の詳細はこちら→民法判例のブログ「賃借権の時効取得」「時効の援用権者」「留置権の対抗力」
答案中の条文は答案下に引用してあります。
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設問
本件土地の所有者Xと、本件土地の占有者甲と乙とYがいました。
平成10年4月1日、甲は、本件土地を、「権利関係の所在にちょっと問題あるんだけど、いざというときは、私が責任をもつから。」と約束したうえで、これを乙に売却、引き渡しました。
平成10年6月15日、乙とYは、本件土地につき、乙を賃貸人、Yを賃借人、使用目的を建物の所有とする賃貸借契約を締結しました。その際、乙からYに、本件土地の権利関係の所在をめぐる上記の事情の説明がされていたそうです。
平成10年7月1日、乙からYに本件土地が引き渡され、Yは、同月以降、約定の賃料を指定銀行口座に振り込んでいました。
平成10年10月1日、建物の建築工事が開始され、平成11年3月1日、工事は終了、建物につきY名義で所有権保存登記がされました。なお、工事が始まるまで、本件土地は全く利用されず、更地のままでした。
そうした事情のもと、平成30年8月1日、土地の真実の所有者Xから、Yに対して、土地所有権に基づき、建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める訴えが提起されます。
この場合に、Yは、Xの請求を拒むことができるか。その根拠を説明したうえで、その主張が認められるか検討しなさい。
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答案
第1 Xは、Yに対して、本件土地の所有権に基づく物権的返還請求として、建物収去土地明け渡しの請求をしている。
これに対して、Yは、土地の占有権原を主張して、明け渡しを拒みたい。
Yは、占有権原として、土地賃借権を主張する。
しかし、Yが乙と締結した本件土地の賃貸借契約は、X所有地を目的とする他人物賃貸借契約である。このような契約も有効に成立するが(560条559条)、その効果は乙Y間で債権関係が発生するにとどまる。乙には土地の所有権その他土地を賃貸する権原がないから、Yが対抗力をもつ(物権化された605条等)賃借権を取得することは原則ない。
そこで、Yとしては、次のような主張をすることが考えられる。1、20年の経過により本件土地の賃借権を時効取得した(163条)、2、乙による本件土地所有権の取得時効(162条)を援用する(145条)、3、留置権の対抗(295条)。
第2 本件土地の賃借権を時効取得したとの主張
1 賃借権の時効取得の可否
「所有権以外の財産権」の時効取得(163条)に賃借権が含まれるか。
「所有権以外の財産権」といっても、債権の時効取得は否定される。なぜなら、時効制度の趣旨は永続した事実状態の尊重という点にあるが、債権は通常、一回の給付により満足して消滅してしまうものだからである。
賃借権は現行民法上、債権であり(601条)、時効取得は否定されそうである。
しかし、賃借権は債権であっても継続的な使用という権利内容をもつ。とりわけ不動産賃借権は、生活や事業の基盤であることが多いという社会的意義の重要性から物権化されている側面をもつ(605条、借地借家法10条1項)。永続した事実状態の尊重という時効制度の趣旨からも、権利の重要性からも、163条にいう「所有権以外の財産権」として時効取得を認めるべきと考える。
2 賃借権の取得時効の要件
(1) Yは、賃借権の取得時効の要件をみたしているか。
163条162条によると、賃借権の取得時効の要件は、(ⅰ)「賃借権を」(ⅱ)「自己のためにする意思をもって」(ⅲ)「平穏に」かつ「公然と」(ⅳ)「行使すること」(ⅴ)「10年又は20年を経過」したことである。そして、時効の利益をうけるには,、(ⅵ)「時効の援用」(145条)が必要である。
Yは、本件土地の権利関係の所在をめぐる事情の説明を受けているから、乙の無権利について有過失と認められ、20年の長期取得時効が成立するか。
要件(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)は認められる。問題は、(ⅳ)(ⅴ)である。
(2) (ⅳ)「賃借権を行使すること」とは、「物の使用及び収益」(601条)であるが、その意味内容として、①土地の継続的な用益という外形的事実が存在すること、②用益が賃借意思に基づくものであることが客観的に表現されていること、が必要であると考える。なぜなら、①は、永続した事実状態の尊重という時効制度の趣旨から要求される基本的な要件として必要であるし、②は、時効の完成が真実の所有者にとって不意打ちとならないように、真実の所有者にとって時効中断する機会が確保されるために必要だからである。
本件では、乙Y間で締結された賃貸借契約に基づいて、①Yは本件土地を継続的に用益しており、かつ、②賃料の支払いを継続していることで、用益が賃借意思に基づくものであることが客観的に表現されていると認められる。
よって、(ⅳ)の要件もみたしている。
(3) (ⅴ)「20年を経過」したこと
問題は、起算点をどこに定めるかである。
Yが本件土地の引き渡しを受けた平成10年7月1日を起算点とすると明渡請求の訴えが提起された平成30年8月1日の時点で20年を経過しているが、建物の建築工事が開始された平成10年10月1日を起算点とすると明渡請求の訴えが提起された平成30年8月1日の時点で未だ20年を経過していないことになる。「物の使用及び収益」を開始した時点として、どちらを時効の起算点とみるべきか。
取得時効の制度趣旨は、永続する事実状態を尊重して権利関係にまで高めることにあるが、他方で、時効の完成が真実の権利者に不意打ちとならぬよう、真実の権利者にとって時効中断の機会が確保されている必要がある。そてゆえ、真実の権利者が認識可能なかたちで、つまり客観的現実的に用益が開始された時点を起算点とみるべきである。
本件では、土地がYに引き渡された後も、建物建築工事が始まるまで、土地は全く利用されず、更地のままだった。真実の権利者Xが認識可能なかたちで実際の利用が開始されたのは、工事が始まった平成10年10月1日である。よって、時効の起算点は、工事が始まった平成10年10月1日に定めるべきである。
工事が開始された平成10年10月1日から、明渡請求の訴えが提起された平成30年8月1日の時点で未だ20年を経過していない。
よって、(ⅴ)「20年を経過」の要件をみたさない。
3 したがって、賃借権の時効取得の主張は認められない。
第3 乙による本件土地所有権の取得時効を援用
1 乙が本件土地の所有権を時効取得(162条)すれば、本件土地を賃貸する権原を取得することになり、その結果、Yも対抗力をもつ賃借権を取得することになる(借地借家法10条1項)。
乙に、本件土地所有権の取得時効が成立しているか。Yはそれを援用(145条)できるか。
2 (1) まず、乙に本件土地所有権の取得時効が成立しているか。
乙は、本件土地の権利関係の所在をめぐる事情の説明を受けているから、少なくとも甲の無権利について有過失と認められ、20年の長期取得時効が成立するか。
162条によると、所有権の長期取得時効の要件は、(ⅰ)「他人の物を」(ⅱ)「所有の意思をもって」(ⅲ)「平穏に」かつ「公然と」(ⅳ)「占有すること」(ⅴ)「20年を経過」したことである。そして、時効の利益をうけるには,、(ⅵ)「時効の援用」(145条)が必要である。
(2) 乙は、X所有の本件土地を、売買契約によって取得し、所有の意思をもって、平穏にかつ公然と、占有を継続している(Yに賃貸した後も、Yを介した間接占有を継続している)。
そして、平成10年4月1日に本件土地の引き渡しを受けてから、平成30年8月1日に明渡請求の訴えが提起された時点で、20年を経過している。
(ⅰ)から(ⅴ)までの要件をみたしている。
3 (1) では、Yは、乙の取得時効を(ⅵ)援用できるか。
Yが、乙の取得時効を援用できる「当事者」(145条)にあたるか。援用権者の範囲が問題となる。
(2) 145条の「当事者」とは、時効により直接利益を受ける者に限られると考える。なぜなら、145条で、時効の効果発生に「当事者の援用」を必要としている趣旨は、当事者の意思の尊重にあり、当事者が援用する意思がないのに、直接の法律関係を見いだせない第三者が当事者の意思を無視して勝手に援用してしまうことは、145条の趣旨に反し許されないからである。
Yは、 乙が本件土地を時効取得すれば本件土地を賃貸する権原を取得し、これにより対抗力をもつ賃借権を取得することができる関係にあり、右取得時効を援用することができないとすると、建物を収去して本件土地を明け渡すという不利益を受ける関係にある。つまり、Yと乙の間に直接の権利関係を認めることができ、Yは、乙の権利取得により直接利益を受ける者にあたる。
Yは、援用権者にあたる。
4 したがって、Yは、乙の本件土地所有権の取得時効を援用して、対抗力をもつ本件土地の賃借権(借地借家法10条1項)を主張して、Xの明渡請求を拒むことができる。
第4 留置権の対抗
1 Yは、乙に対する損害賠償請求権(561条559条415条)を被担保債権として、その弁済を受けるまで、留置権を行使して、本件土地の明け渡しを拒むことが考えられる(295条)。
2 しかし、上記のように、乙の本件土地所有権の取得時効の成立により、Yは、対抗力ある賃借権を取得することができた。乙に対する損害賠償請求権は発生しない。
被担保債権がない以上、留置権の行使は認められない。
Yは賃借権を対抗できるから、留置権を行使する必要がなくなったといえる。
第5 以上から、Yは、乙の本件土地所有権の取得時効を援用して、対抗力をもつ賃借権(借地借家法10条1項)を主張して、Xの明渡請求を拒むことができる。
以上
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(所有権の取得時効)
第一六二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(所有権以外の財産権の取得時効)
第一六三条 所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。
(時効の援用)
第一四五条 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
(留置権の内容)
第二九五条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
(有償契約への準用)
第五五九条 この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
(他人の権利の売買における売主の義務)
第五六〇条 他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
(他人の権利の売買における売主の担保責任)
第五六一条 前条の場合において、売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない。
(賃貸借)
第六〇一条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(不動産賃貸借の対抗力)
第六〇五条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。
(借地権の対抗力等)
第十条 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。
2 前項の場合において、建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお同項の効力を有する。ただし、建物の滅失があった日から二年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。