時効

時効の援用権者(改正民法145条)-「後順位抵当権者」をわかりやすく(最高裁平成11年10月21日判決)

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時効援用権者

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.38
時効の援用権者
(最高裁平成11年10月21日)

今回は、「時効の援用権者」のお話です。

時効を援用できる「当事者」(145条)について、最高裁として新たに否定例を示した

そんな重要な判例です。

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時効を援用できる「当事者」とは..

(時効の援用)
新法第百四十五条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

(時効の援用)
旧法第百四十五条  時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

判例は、時効を援用できる「当事者」について、次のように定義します。

145条の「当事者」とは、時効により直接利益を受ける者に限られる

「当事者」の範囲を、直接受益者に限定されると解しています。

ただ、学説からの批判をうけて、「広く解する傾向にある」と指摘されています。指摘されていますけど、限定的に解釈する立場であることに変わりはありません。

なぜ、限定的に解するのでしょう?

民法は、145条で、時効の効果の発生には「当事者の援用」を必要としています。時効期間が満了したときでも、それだけでは時効の効果は発生しません。「当事者の援用」があって初めて、時効の効果が生じます。

その趣旨は、当事者の意思の尊重にあります。

 たとえ、債権の消滅時効が完成したとしても、「借りた金はちゃんと返したい」そう考える誠実な債務者もたくさんいることでしょう。その誠実な意思を尊重するべきだ。

民法は、そう考えているのですね。

だから、当事者が援用する意思がないのに、関係のない第三者が当事者の意思を無視して勝手に援用してしまう、そんなことは145条の趣旨に反し許されません。

そこで、「当事者」を限定的に捉える。「時効により直接利益を受ける者」に限定する。「直接の法律関係を見いだせる者」に限定する。このような基準から、判例は、幾つもの肯定例と否定例を示しています。

ここでのポイントは、〈否定される者〉を押えておくことです。〈否定される者〉を押さえておけば、それ以外は〈肯定される者〉です。

細かい知識の判例が、〈肯定される者〉のほうに多いです。

例えば、

詐害行為の受益者 取消権者の被保全債権の消滅時効を援用可~取消しを回避できる、とか

(詐害行為取消権)
第四百二十四条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。

譲渡担保権者から被担保債権の弁済期後に目的物を譲り受けた第三者 譲渡担保権設定者が譲渡担保権者に対して有する清算金支払請求権の消滅時効を援用可~留置権を無くせる、とか

再売買の予約がなされ仮登記がなされた不動産の第三取得者&抵当権者 予約完結権の消滅時効を援用可~予約完結権を行使されると仮登記に劣後する第三取得者等の権利は全て覆される、負けてしまう、それを回避できる、とか。。

(売買の一方の予約)
第五百五十六条 売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。

これらは、結局、事案をちゃんとみていくと、「援用の肯定される者とその相手方との間に直接の法律関係を見いだせる」事案なのです。「時効の援用によって直接自己の義務や物的負担などを免れる関係にある」といえる事案なのです。

これに対して、〈否定される者〉のほうは、

反射的な利益を受けるにすぎない」

そんなふうに判例がいう者たちですね。「他の者が義務や物的負担を免れたことにより間接的に利益を受けるにすぎない者」といえます。

「直接の権利関係」か「反射的な利益にすぎない」か。

特殊なのは、否定される者のほう、「反射的な利益にすぎない」のほうだとおもいます。こちらを押えておけば、肯定される者のほうは判断できるのではないかな、とおもっています。もちろん、一度は、事案をちゃんと把握して、納得はしておきましょうね。

では、この区別の基準を、もう少し詳しくみてみましょう。

それが、本判例です。

本判例は、抵当権の被担保債権の消滅時効の援用が肯定される抵当不動産の第三取得者と対比する形で、後順位抵当権者による先順位抵当権者の被担保債権の消滅時効の援用を否定しています。

判旨が詳しいので、さっそくみてみましょう。

判旨

民法一四五条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により 直接利益を受ける者に限定されると解すべきである(最高裁昭和四五年(オ)第七 一九号同四八年一二月一四日第二小法廷判決)。

後順位抵当権者は、目的不動産の価格から先順位抵当権によって担保される債権額を控除した価額についてのみ優先して弁済を受ける地位を有するものである

もっとも、先順位抵当権の被担保債権が消滅すると、後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し、これによって被担保債権に対する配当額が増加することがあり得るが、この配当額の増加に対する期待は、抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないというべきである

そうすると、【要旨】後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当するものではなく、 先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができないものと解するのが相当である

論旨は、抵当権が設定された不動産の譲渡を受けた第三取得者が当該抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができる旨を判示した右判例を指摘し、第三取得者と後順位抵当権者とを同列に論ずべきものとするが、第三取得者は、 右被担保債権が消滅すれば抵当権が消滅し、これにより所有権を全うすることができる関係にあり、右消滅時効を援用することができないとすると、抵当権が実行されることによって不動産の所有権を失うという不利益を受けることがあり得るのに対し、後順位抵当権者が先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができるとした場合に受け得る利益は、右に説示したとおりのものにすぎず、また、右の消滅時効を援用することができないとしても、目的不動産の価格から抵当権の従前の順位に応じて弁済を受けるという後順位抵当権者の地位が害されることはない のであって、後順位抵当権者と第三取得者とは、その置かれた地位が異なるものであるというべきである

抵当不動産の第三取得者」は、抵当権者の被担保債権が消滅時効によって消滅すれば、自らの所有権に対する抵当権の負担を免れることができるという、直接の利益を有しています。

つまり、時効を援用しようとする抵当不動産の第三取得者と援用の相手方である抵当権者との間に、直接の法律関係が認められる、ということができます。

これに対して、「後順位抵当権者」の場合、「先順位抵当権の被担保債権が消滅すると、後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し、これによって被担保債権に対する配当額が増加することがあり得る」にすぎません。「この配当額の増加に対する期待は、抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎない」とされます。

つまり、後順位抵当権者は、先順位抵当権が消滅して債務者の責任財産が増えたことにより自分の配当額も増えるかもしれないという、間接的な利益を受けるにすぎない者といえます。

仮に、このような後順位抵当権者にも援用を認めるなら、同じく、債務者の責任財産が増えたことによって配当額が増加する可能性・期待があるにすぎない、一般債権者にも援用を認めるべきことになってしまいます。どんどん援用権者の範囲が広がってしまう。。

これでは、145条が、時効の利益を受けるか否か当事者の意思を尊重しようとする、その趣旨に反してしまいます。

よって、このような反射的な利益を受けるにすぎない後順位抵当権者には、時効の援用は認められません。そう判示したのが、今回の判例です。

まとめ

〈時効の援用が認められる者か否か?〉

援用しようとする者とその相手方との間に

肯定「直接の法律関係を認めることができる

否定「反射的(間接的) な利益を受けるにすぎない関係

この視点から、判例の肯定例と否定例をチェックしてみてくださいね。

なお、時効援用ができない後順位抵当権者であっても、債権者としての地位に基づいて、債務者の無資力等の要件を充たす時は、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効の援用を債権者代位することはできる、とされています(423条)。

(債権者代位権)
第四百二十三条  債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利は、この限りでない
2  債権者は、その債権の期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ、前項の権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。

(時効援用権は1項但書の一身専属権にはあたらず、代位権の目的になるというのが判例の立場です。たしかに、援用権を行使するか否かについて当事者の意思を尊重するというのが民法の立場です。でも、債務者が無資力の時にまで、債権者を害してまで、時効援用をしたくないという道徳的感情を尊重すべきかは疑問、とされているのです。)

今回は、以上です。

これを書いたひと🍊

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