時効 賃貸借

賃借権の時効取得の要件(民法163条)をわかりやすく(最高裁昭和62年6月5日判決)

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賃借権の時効取得

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.43
賃借権の時効取得
(最高裁昭和62年6月5日)

今回は『賃借権の時効取得』のお話です。

163条「所有権以外の財産権」の時効取得。

ここに〈賃借権〉が含まれるか?

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賃借権の時効取得の可否

(所有権以外の財産権の取得時効)
第百六十三条  所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する

「所有権以外の財産権」といっても、債権の時効取得は否定されています。債権は、通常、一回の給付により、満足して消滅してしまうものだからです。

「所有権以外の財産権」で、時効取得の認められる権利とは、例えば、用益物権である地上権や永小作権、地役権が挙げられます。〈継続的な使用という権利内容をもつ物権〉この点が、時効取得と相性の良いポイントのようにおもわれます。

で、〈賃借権〉。〈賃借権〉は現行民法上、債権であり、時効取得は否定されそうです。

(賃貸借)
第六百一条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる

でも、〈継続的な使用〉という権利内容は、用益物権と共通します。とりわけ、不動産賃借権は、生活や事業の基盤であることが多く、その社会的意義の重要性から〈物権化〉がされていたりします(605条)。

(不動産賃貸借の対抗力)
第六百五条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる

こうなると、用益物権と同視してよいですよね。

そこで、〈賃借権〉も、163条にいう「所有権以外の財産権」として、用益物権同様に、時効取得が認められています。

地役権の取得時効の要件

問題は、《賃借権の時効取得が認められるための要件》です。

参考になるのが、地役権の時効取得について定める283条です。

(地役権の時効取得)
第二百八十三条  地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。

283条では、地役権の時効取得の要件として、

イ、継続的な行使

ロ、外形上の認識可能性

「2つの要件」を挙げています。

イ、継続的な行使 の要件は、時効取得を認めるための基本的な要件といえます。

つまり、取得時効というのは、「当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度」(最高裁昭和42年7月21日)に他なりません。その趣旨は、永続した事実状態の尊重という点にあります。まさに、”継続的な行使”という要件は、〈取得時効の制度の趣旨〉から要求される、基本的な要件といってよいとおもいます。

イ、の要件は、「時効取得する者が、時効取得制度の利益を受けるために必要とされる要件」といえます。

ロ、外形上の認識可能性 の要件について

これに対して、ロ、外形上の認識可能性という要件は、「時効取得の結果、不利益を受ける当該物件の真実の所有者を保護するための要件といえます。

つまり、取得時効の完成が、真実の所有者にとって不意打ちとならないように、真実の所有者にとって時効中断する機会が確保されるように、「外形上(つまり、所有者にとって)、認識可能性のある状態にあること」が要件とされているのです。(最高裁昭和62年12月15日では、所有者の”了知可能性といっています。)

この条文を参考にしながら、今回の判例をみてみましょう。

事案

相続人がたくさんでてきて、複雑な事案ではありますけど、単純化すると。。

土地の真実の所有者Xと、甲と乙とYがいました。

甲は、本件土地を、「権利関係の所在にちょっと問題あるんだけど、いざというときは、私が責任をもつから。。」といいつつ、これを乙に売却しました。

つまり、乙は、甲の無権利について有過失でした。

その後、乙は、土地をYに賃貸、Yは建物をたてて居住していました。

そういう事情のもと、Yが土地の占有を開始してから20年経過した後、土地の真実の所有者Xから、Yに対して、建物を収去して土地を明け渡すことを求めて、訴えが提起されました。

Yは、裁判において、「本件土地の占有を開始してから20年の経過により、土地の賃借権を時効取得した」として、時効を援用する意思表示をしました。

そんな事案です。

判旨

「他人の土地の継続的な用益」という外形的事実が存在し、かつ、「その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現」されているときには、民法163条により、土地の賃借権を時効取得するものと解すべきことは、当裁判所の判例とする所であり

他人の土地の所有者と称する者の間で締結された賃貸借契約に基づいて、賃借人が平穏公然に「土地の継続的な用益をし、かつ、「賃料の支払いを継続しているときは、前記の要件を満たすものとして、賃借人は、民法163条所定の時効期間の経過により、土地の所有者に対する関係において右土地の賃借権を時効取得するに至ると解するのが相当である

このように判示した上で、Y(有過失だったようです)は20年の時効期間の経過により、本件土地の賃借権を時効取得したもの、と認めました。

順を追ってみていきましょう。

まず、本件土地の所有者XによるYに対する建物収去土地明渡請求は、土地所有権に基づく物権的返還請求としての明渡請求です。

これに対して、Yは、土地の占有権原を主張して、明け渡しを拒みたい。

でも、乙Y間の本件土地の賃貸借契約は、X所有地を目的とした他人物賃貸借契約であり、このような契約も有効に成立はするものの(560条559条)、乙Y間で債権的関係が発生するにとどまり、乙には本件土地の所有権その他本件土地を賃貸する権原はないので、Yが対抗力をもつ(物権化された)賃借権を取得することは原則ありません。

そこで、Yとしては、20年の経過により「本件土地の賃借権を時効取得した」と主張することが考えられます。

「賃借権の取得時効の可否」については、前述のように、〈賃借権〉は現行民法上、債権であり(601条)、債権の時効取得は原則否定されるが、賃借権は継続的な使用という権利内容をもつこと、とりわけ不動産賃借権は、生活や事業の基盤であることが多いという社会的意義の重要性が認められることから、163条にいう「所有権以外の財産権」として、時効取得が認められうる、のでした。

で、賃借権の取得時効の要件はというと、、

賃借権の取得時効の要件

(所有権の取得時効)
第一六二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

(所有権以外の財産権の取得時効)
第一六三条 所有権以外の財産権を自己のためにする意思をもって平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。

(時効の援用)
第一四五条 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

163条162条によると、賃借権の取得時効の要件は、

1、「10年間又は20年間」

2、「賃借権を」

3、「自己のためにする意思をもって」

4、「平穏に」かつ「公然と」

5、「行使すること」。

10年の取得時効の場合は、

6、賃借権の行使の開始の時に「善意であり」かつ「過失がなかったこと」。

そして、時効の利益をうけるには

7、「時効の援用」が必要。

本件では、長期20年の取得時効が問題となり、要件1、2、3、4、7は認められます。

問題は、要件5、「賃借権を行使すること」。

この点、判旨が、賃借権の取得時効の要件として特に挙げている、「2つの要件」があります。

この2つは「賃借権を行使すること」の意味内容を示すものと考えます。

つまり、

イ、土地の継続的な用益

ロ、賃借意思の客観的表現

283条で挙げられている「2つの要件」と同じ、といってよいとおもいます。

283条では、地役権の時効取得の要件として、イ、継続的な行使 ロ、外形上の認識可能性 「2つの要件」を挙げていましたね。

で、判旨の イ、土地の継続的な用益 の要件は、283条でも挙げられている、「取得時効制度の趣旨(永続した事実状態の尊重)から要求される基本的な要件」といえます。

判旨の ロ、賃借意思の客観的表現 の要件は、「取得時効の完成が、真実の所有者にとって不意打ちとならないように、真実の所有者にとって時効中断する機会が確保されるように、真実の所有者にとって認識可能であるための要件」といえます。「時効取得の結果、不利益を受ける真実の所有者を保護するための要件」といえます。

判旨では、賃借意思の客観的表現の具体例として、「賃料の支払いを継続していること」を挙げています。

本件でYには、要件5(本件土地の継続的な用益&賃料の支払いを継続)も認められます。

したがって、Yは取得時効の要件を満たしており、本件土地の所有者Xに対する関係において、土地の賃借権を時効取得していると認められます。

その結果、XとYの間に、本件土地の賃借権契約が成立することになります。(この場合、他人物賃貸人乙は履行不能により賃借権契約関係から離脱すると考えます)

Yは、Xに対して、土地賃借権を主張して、建物収去土地明渡請求を拒むことができます。

まとめ

『不動産賃借権の時効取得』が問題となるのは、次のような事例です。

1、境界紛争型:紛争のある境界部分を占有し賃料の支払を継続していた事例

2、無断転貸型:土地の無断転借人が転借権の時効取得を主張した事例

3、原因無効型:賃貸借契約が無効だった事例

4、他人物賃貸型:他人の土地の所有者と称する者(無権限者)との間で賃貸借契約が締結された事例

~本件はこれにあたります。

5、無断譲渡型:土地賃借権が無断譲渡された場合に譲受人が賃借権の時効取得を主張した事例

これら、全ての事例において、判例は、賃借権の時効取得の可能性を認めています。

今回は、以上です。

今回で、民法総則は完了です。

今回の判例を素材にして答案を書いてみました。参考にしてみてください。→ 『賃借権の時効取得』の判例を素材に答案を書いてみた

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