代理権の濫用・利益相反行為に関して
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2020年4月1日施行の改正民法により、代理権の濫用の規定の新設(107条)、自己契約及び双方代理について禁止違反効果の明確化(108条1項)、利益相反行為の規定の新設(108条2項)がされました。
(代理権の濫用)
新法第百七条 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
(自己契約及び双方代理等)
新法第百八条 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
2 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
(自己契約及び双方代理)
(旧)第百八条 同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
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明文化(新設/明確化)の必要性
今回の改正は、①社会・経済の変化への対応、②国民一般にとっての分かりやすさの向上を目的としています。
今回投稿のテーマは、②国民一般にとっての分かりやすさを向上させるため、確立した判例や通説的見解など現在実務で通用している基本的なルールを明文化するものです。
代理権の濫用の規定の新設(107条)
代理権の濫用とは、「代理人が(本人の利益ではなく)自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合」をいいます。
*法定代理権の濫用の場合、より限定して定義されます。(後述します)
代理権の濫用は、「代理権の範囲内の行為」です。
つまり、有権代理であり、その効果は本人に帰属するのが原則です。(99条1項)
例えば、Aには①仕入れの代理権があります(代理権の範囲内)。②本人に効果帰属させる意思(顕名)もある。③法律行為も有効に存在している。代理行為の要件は満たしています。
第九十九条 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
2 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。
ただ、〈代理人の内心に濫用の意図がある〉。内心にあるだけです。
こうした状況では、「相手方の信頼の保護」「取引の安全」を図る必要があります。相手方としては、代理人の内心の濫用意図なんて分からないからです。
そこで、上記のように、代理権濫用の法律行為も、原則として有権代理で有効、本人に効果帰属します。
ただし、「相手方の取引の安全」を図る要請がない場合、つまり、相手方が代理人の濫用意図について悪意や有過失の場合には、むしろ代理人による横領の被害者である「本人の保護」のほうを優先して、法律行為の効果は本人に効果帰属しないとされます。
でも、旧法には、代理権の濫用に関する直接の規定はありませんでした。
そこで、判例は、「悪意または有過失の相手方は保護されない」という一般法理を旧93条但書に仮託して、「相手方が悪意又は有過失の場合に限り、旧93条但書を類推適用して、本人はその行為につき責に任じない」と解していました。
旧第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
ただ、93条但書を類推適用する結果、代理行為は「無効」となり、無効行為については、本人は追認できないとされました。(119条本文)
第百十九条 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。
これに対して、新設された新法107条では、代理権を濫用した行為は、相手方が悪意又は有過失の場合、その行為は「代理権を有しない者がした行為とみなす」つまり無権代理行為とみなすとされました。
新法第百七条 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
その結果、その行為が本人に有利なときは、本人は追認できることになり(113条、116条)、より柔軟な事案の解決が可能になったと指摘されています。
(無権代理)
第百十三条 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
2 追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。
(無権代理行為の追認)
第百十六条 追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
また、無権代理行為とみなされる結果、代理権を濫用した代理人は、要件を満たすときは、相手方に対して、無権代理人の責任を負うことになります。(117条)
第百十七条 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。
当事者間の法律関係について
代理権の濫用をめぐる、当事者間の法律関係について、まとめておきます。
本人と相手方の関係
代理権濫用の法律行為も、原則として有権代理であり有効、本人に効果帰属します(99条1項)。
第九十九条 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
2 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。
ただ、相手方が代理人の濫用意図について悪意又は有過失のときは、「代理権を有しない者がした行為とみなす」つまり無権代理行為とみなされ、本人は効果不帰属を主張することができます(107条113条1項)。この場合、相手方の取引の安全を図る要請がないからです。
(代理権の濫用)
新法第百七条 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
(無権代理)
第百十三条 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
*各当事者は、自己に有利な法律効果をもたらす法規の要件事実について証明責任を負います。つまり、効果不帰属を主張する本人の側が、相手方の悪意又は有過失について証明責任を負います。
その行為が本人に有利なときは、本人は追認することができます。(113条2項、116条)
(無権代理)
第百十三条 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
2 追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。
(無権代理行為の追認)
第百十六条 追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
相手方は、本人に対して、催告権と取消権をもちます(114条115条)。
(無権代理の相手方の催告権)
第百十四条 前条の場合において、相手方は、本人に対し、相当の期間を定めて、その期間内に追認をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす。
(無権代理の相手方の取消権)
第百十五条 代理権を有しない者がした契約は、本人が追認をしない間は、相手方が取り消すことができる。ただし、契約の時において代理権を有しないことを相手方が知っていたときは、この限りでない。
本人と代理人の関係
代理人には、受任者として善管注意義務(644条)の違反が認められるので、本人に対して、債務不履行責任(415条)を負います。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
*法定代理人である親権者の注意義務は「自己の財産におけると同一の注意義務」に軽減されます(827条)。身内だからです。
代理人と相手方の関係
相手方が代理人の濫用意図について悪意又は過失ある場合、代理人の行為は無権代理行為とみなされ、本人に効果帰属しません。(107条)
このとき、代理権を濫用した代理人は、要件を満たすときは、相手方に対して、無権代理人の責任を負うことになります。(107条117条)
(代理権の濫用)
新法第百七条 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
(無権代理人の責任)
第百十七条 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。
*「要件を満たすとき」とは、どんな場面でしよう?
117条責任は、相手方の取引の安全の保護と代理制度に対する信頼の維持を趣旨として、無権代理人に重い無過失責任を負わせたものです。
でも、ここは、相手方が代理人の濫用意図について悪意又は過失ある場合(それゆえに無権代理行為とみなされる場合)です。相手方の取引の安全を図る要請はないのでは?
117条2項1号2号をみると、「一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。」は1項を適用しない、つまり117条責任を負わないとあります。
1号2号の「代理権を有しないことを」を「代理人の濫用意図を」に読み替えるわけなので、代理人は117条責任を負わないかのようです。
ただ、2号ただし書をみると、「ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。」つまり117条責任を負うとあります。無権代理人と取引の相手方の公平を図るため、新法で追加されました。
ここも、「自己に代理権がないことを」を「自己の濫用意図を相手方が過失によって知らなかったことを」に読み替えます。つまり、相手方が過失にとどまるときは、むしろ悪意の代理人に117条責任を負わせて、代理制度への信頼を維持する趣旨です。
結局、代理人が117条責任を負うのは、「相手方が代理人の濫用意図について過失ある場合」で、「代理人がそのことを知っていた場合」(117条2項2号ただし書)と考えます。私見です。
本人と転得者の関係
代理人の濫用意図について相手方が悪意又は過失あるとき、本人の追認がない限り、代理行為は本人に対してその効力を生じません(107条113条)。
(代理権の濫用)
新法第百七条 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
(無権代理)
第百十三条 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
つまり、相手方は権利を取得しません。
さらに、相手方(無権利)からの転得者も権利を取得しません。
でも、転得者には、相手方の内心の事情など分かりません。転得者の信頼の保護を図る必要がある。
転得者の保護を直接定めた規定はありません。
転得者の保護は、不動産の場合は94条2項の類推適用によって、動産の場合は192条によって、図られるとされています。
(虚偽表示)
第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(即時取得)
第百九十二条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。
法定代理権の濫用事案
判例は、代理の類型にかかわらず、「法人の代表機関」「任意代理人」そして「法定代理人」の場合にも旧93条但書の類推適用により処理してきました。
今後は、法定代理権の濫用の場合も、新法107条の適用によって処理されることになります。
ただ、法定代理権の濫用の場合、そもそも代理権の濫用にあたるのか?の段階で、判例は濫用と認められる場合を限定的に捉えています。
自己契約及び双方代理について禁止違反効果の明確化(108条1項)
利益相反行為の規定の新設(108条2項)
まとめ
今回の改正では、代理権の濫用・利益相反行為に関して、②国民一般にとっての分かりやすさの向上を目的として、確立した判例や通説的見解など実務で通用している基本的なルールを明文化しました。
代理権の濫用・利益相反行為に関して、代理権の濫用の規定の新設(107条)、自己契約及び双方代理について禁止違反効果の明確化(108条1項)、利益相反行為の規定の新設(108条2項)がされました。
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今回は、以上です。
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