民法判例百選Ⅲ[第9版] No.77
共同相続と登記
(最高裁昭和38年2月22日)
今回は、〈共同相続と登記〉です。
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さっそく、事案からみていきましょう。
事案
不動産を所有するXが、死亡しました。
Xには、共同相続人として、妻甲と子供乙がいます。
共同相続人の一人である乙は、相続財産に属する不動産について、勝手に単独相続の登記手続をした上、これを第三者丙に売却、単独所有権の移転登記をしてしまいました。
そこで、他の共同相続人である甲は、丙に対して、移転登記の抹消登記手続を求めて、提訴しました。
そんな事案です。
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判旨
相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、「他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうる」ものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである(大正八年一一月三日大審院 判決、民録二五輯一九四四頁参照)。そして、この場合に甲がその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため乙、丙に対し請求できるのは、 各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、「甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続」でなければならない(大正一〇年一〇月二七日大審院判決、 民録二七輯二〇四〇頁、昭和三七年五月二四日最高裁判所第一小法廷判決、裁判集 六〇巻七六七頁参照)。けだし右各移転登記は乙の持分に関する限り実体関係に符合しており、また甲は自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。
〈共同相続人の一人が勝手にした単独相続の登記〉は、他の共同相続人の持分に関する限り、無権利の登記です。
(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
(共同相続の効力)
第八百九十八条 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
第八百九十九条 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
登記には公信力はありません。つまり、動産に認められる即時取得のような、善意無過失で信頼したら所有権を取得できてしまうような、そんな制度はありません。価値の軽微な動産と比べて、価格の大きい不動産では、「本人側の保護」を図る要請が強いからです。
(即時取得)
第百九十二条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。
その結果、〈単独所有権の移転登記をうけた第三者〉も、他の共同相続人の持分に関する限り、その権利を取得することはできません。
他の共同相続人からすれば、「無権利の第三者に対しては、登記なくして自己の持分を対抗できる」そういうことになります。
そして、〈単独所有権の登記〉が実体的権利に合致していないのは、他の共同相続人の持分に関する部分にとどまります。よって、他の共同相続人が第三者に対して請求できるのは、登記の全部抹消ではなく、「一部抹消(それはつまり更正ということ)」にすぎません。
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以上が、判旨のいっている内容になります。
177条の適用可能性
さて、前回まで、〈法律行為の取消しと登記〉〈解除と登記〉〈時効取得と登記〉と続けて、「177条の適用可能性」をテーマとする判例をみてきました。
「法律行為の取消前」は、本人の登記可能性がないので177条の適用はできず、第三者保護を図る特別な規定によって第三者の保護を図る。「取消後」は、本人も登記可能である以上、177条の適用により処理をする。「解除前の第三者」も「解除後の第三者」も同様に処理をしました。(詳しくは、No55〈法律行為の取消しと登記〉、No56〈解除と登記〉)
「時効取得完成前の第三者」は、特殊性があって、実は、その第三者は、「時効取得完成時の所有者」に他ならず、「時効取得によって権利を失う時効の当事者」の関係にあるから、時効取得者は、「当事者である時効完成時の所有者」に対して、登記なくして権利を対抗できる、そういう処理をしました。「時効取得完成後」は、時効取得者も登記可能である以上、177条の適用により処理をしました。(詳しくは、No57〈時効取得と登記〉)
で、今回の〈共同相続と登記〉。上の流れでいくと、「共同相続が発生した後」は、共同相続人は共同相続の登記可能である以上、177条の適用により処理をすることになるのでは?そんな気がします。
しかし、判旨は、
「他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうる」ものと解すべきである。
「登記不要だ」と、明言しています。
なぜでしょう?
なぜ、177条の適用をしないのでしょう?
登記可能性
177条の適用可能性。そのキーワードとなるのが、"登記可能性"でした。
〈遺産分割と登記〉という論点があります。その処理方法は、〈法律行為の取消しと登記〉〈解除と登記〉と同じ。「第三者の登場が遺産分割の前か後か」つまり《二元的な枠組み》で処理します。
「遺産分割後の第三者」との関係は、177条の適用により処理をしました。つまり、「遺産分割がされた後」は、相続不動産の帰属主体が確定されるので、その旨の相続登記をすることが可能となります。遺産分割がされることで、登記可能となるのです。だから、177条の適用にのせて処理することが可能となる、登記の先後を争う対抗関係で処理されてもやむを得ないといえる。
つまり、相続が発生した場合、相続登記は一般的に、遺産分割手続きをふんで各不動産の帰属主体が確定されてからされています。
「相続が発生したら、直ちに共同相続の登記手続きをとりなさい、登記しないでいると、第三者に先に登記されたら権利を失いますよ、そうなっても、登記しないあなたの自業自得ですよ。。」それは、酷なことです。
確かに、共同相続の登記をすることは、理論上は可能です。でも、遺産分割をした後、もう一度、登記し直さないといけません。二度手間です。お金もかかります。負担は軽くありません。
「相続が発生したら、直ちに、登記しなさい。共同相続登記できるのだから、177条の適用にのせて、第三者との関係は登記の先後を争う対抗関係になりますよ。共同相続登記しないと、権利を失うというペナルティーをうけますよ。」
こんなことを、相続が発生した直後の、身内を亡くした直後の相続人に要求することは、酷なことです。
判例も、同じ価値観の上に立って、「遺産分割がされた後の第三者」との関係では、177条の適用で処理をし、他方、今回の事案のように、「未だ相続が発生したにすぎない段階(遺産分割には至っていない段階)の第三者」との関係では、177条の適用を否定し、いわゆる、”無権利の法理”で処理をしているわけです。
無権利の法理
つまり、177条の適用は否定されるので、登記を基準として処理をすることはできません。そこで、実体的権利の有無に着目してみていく。
けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである。
無権利者に対しては、登記などなくても対抗できるのは、当然のことです。
無権利者に、相続人の登記不存在を主張させて、一部抹消(更正)登記の拒絶を認めてあげる必要などない、といえます。
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以上のことを、言葉を変えて表現すれば、
177条の「物権の得喪」に、相続による持分の取得は含まれない
177条の「物権の得喪」に含まれるのは、遺産分割による相続財産の取得である
そういうことができそうです。
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
まとめ
No55〈法律行為の取消しと登記〉から今回のNo59〈共同相続と登記〉まで、「177条の適用可能性」に関する判例をみてきました。キーワードは"登記可能性"でしたね。
大事なことは、重複をおそれず、繰り返し書いてきました。
177条は、民法全体にわたって登場する条文です。当たり前の条文のようで、よくよく考えてみると、なかなか深いなあ、そんな印象の、懐の深い条文、そう感じています。
大事な条文です。少しでも理解の助けとなることができたなら、うれしいです。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊