入門講座の講義を受ける?
うん、でも、その前に。。
講義の予習として、テキストを読む?
いえ、その前に。。
ネットで勉強方法を調べまくる?
いいですね^
では、僕のやり方を参考までに書いておきますね。
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Photo by Katherine Hanlon on Unsplash
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初めての法律の勉強を始めるとき、僕がまず最初にすることとは
まったく新たに、ある法律の勉強を始めようとするとき、まず、僕は次のことをします。
「全条文にざっと目を通すこと」
つまり、条文の素読です。
ある法律を勉強しようというとき、「その法律にはどれくらいの条文数があるのか」「どんなことが書かれているのか」、ざっと目を通すこと。法律の勉強をする以上、書くまでもない、当たり前のことだとおもいます。
ただ、受験生の中には、条文はいっさい引かない、そもそも六法も持っていない、そんな方もいるようなので、あえて書いておきます。
条文を読まない。六法を引かない。そういう受験生は、「テキスト等を読めば事足りる」ということなのでしょう。
たしかに、「テキストを読めば書いてあるでしょ。」それもそうです。
でも、それは条文そのものではありません。「テキストの著者が書いたもの」です。数あるテキストはそれぞれ同じではありません。つまり、「それぞれの著者の主観で書かれている」ということ。条文そのものではない、オリジナルではない、間接的な、いわば、又聞きの情報のようなもの。
刑事訴訟法に〈伝聞証拠の排除法則〉というのがあります。「伝聞の供述には過誤が入りやすいので、証拠能力は原則として否定される、証拠としては認められない」、そんな法則です。条文そのものを、オリジナルを読まない、テキストだけで済ませてしまう、それはつまり、「刑事訴訟法では証拠能力を否定されるような、そんな不確かな伝聞情報でOK」と考えているのと同じことです。オリジナルにあたることを省いてしまう、そういう態度です。
面倒くさい作業ですからね、条文を引くのは。。
面倒くさい作業、でも、法律の勉強をするのに当たり前の作業、それを省いて、逃げてしまっているのですね。
合格者のなかには、
「条文はまったく引かなかった、六法自体、持ってなかったよ^」
そんなことを、自慢話のようにする方もいます。面倒くさい作業から逃げたい受験生にとっては、嬉しい言い訳になります。
でも、実務家になるつもりの受験生であれば、それはまずいですよね。法律を商売道具としてお金を頂くのに、条文を引いたことはありません、六法を初めて引きました。。
「合格してから読み込めばいいでしょ?」
いえ、断言してもいいです。「やったあ、合格した!さあ、条文を読もう!」しませんよ、絶対に。受験生時代に条文を読まなかったひとが、合格後に読みますか?実務に出て、仕事上必要に迫られて、初めて六法を開く。いえ、実務も六法なしでいくのかも。
プライドの問題だ
六法なしでも、合格することは可能でしょう。
でも、実務家になるあなたが、ときに、「先生!」と呼ばれるかもしれないあなたが、商売道具である条文を引いたことがない?六法は持っていない?
「プライドの問題だ」
僕は、そうおもいます。そんな自分を許せるのか?
本気で合格を目指す受験生は、すでに実務家の道を歩み始めている、そうおもっています。そうであれば・・
条文がでてきたら、その都度、引く習慣をつける。最初は面倒くさいです。だからこそ、習慣化する。習慣化すると、苦痛ではなくなります。その一番最初の作業として、条文の全体像をつかんでおく。「全体像はこんなもんか」とつかんでしまえば、気が楽になるものです。
「全体像をつかむ」とは、本を買った時に最初にすることと同じことです。
本を買った時に、まず、何をしますか?そうですよね。「はじめに」を読んで、「あとがき」を読んで、目次に目を通しますよね。それで、大体の内容はつかめてしまいます。その上で、パラパラと一通りページをめくってみる。フォトリーディングなどでは、見開き1~2秒で全てのページに目を通します。それで、全ての内容が写真のように頭のなかに写し取られているといいます。
とにかく、ざっと全体に目を通す。読み込む必要はありません。目を通して、全体像はこんなもんかと。それを最初にしておくことで、だいぶ条文に対する抵抗感は薄れることとおもいます。
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以上、僕が、不可欠だとおもっている作業でした。説教くさくなってしまいましたね。ごめんなさいね。。
楽しく学んでくださいね。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊