民法判例百選Ⅰ[第9版] No.42
前主の無過失と10年の取得時効
(最高裁昭和53年3月6日)
今回は、「前主の無過失を承継して10年の取得時効を主張できるか?」というお話です。
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民法162条と187条
どんな内容?かというと、2つの条文がからんだ論点になります。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(占有の承継)
第百八十七条 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。
2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。
162条と187条です。
例えば、甲と乙がいます。
甲は、他人の土地を「善意無過失で7年占有」していました。
その後、「悪意または有過失」の乙に土地を譲渡。現在に至るまで、乙は土地を「3年占有」しています。
このような事案で、
乙が、「前主甲の7年の占有」と「自己の3年の占有」を併せて「10年の占有継続」を主張(187条1項)、かつ、その10年の「占有の開始の時」つまり「前主甲の占有開始時」に甲は「善意無過失」であったこと、を主張して、10年の短期取得時効の完成(162条2項)を主張することができるか?
「悪意または有過失」の乙は、3年しか占有してないのに時効取得させてしまっていいのか?
そんな問題意識で議論のある論点になります。
判例は、このような乙の取得時効の主張を認めました。「「悪意または有過失」の占有者が、「善意無過失の前主の占有」を併せて主張、162条2項の「占有の開始の時」の「善意無過失」は最初の占有者にあればいい」として、10年の短期取得時効の援用を肯定しています。
判旨をみてみましょう。
判旨
一〇年の取得時効の要件としての「占有者の善意・無過失の存否」については「占有開始の時点」においてこれを判定すべきものとする民法一六二条二項の規定は、〈時効期間を通じて占有主体に変更がなく同一人により継続された占有が主張される場合〉について適用されるだけではなく、〈占有主体に変更があつて承継された二個以上の占有が併せて主張される場合〉についてもまた適用されるものであり、後の場合にはその主張にかかる最初の占有者につきその「占有開始の時点」においてこれを判定すれば足りるものと解するのが相当である。
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187条1項により「占有の承継」が主張された場合における、162条2項にいう「占有者の善意・無過失」の判定時点つまり「占有の開始の時」は、最初の占有者で判定すればOKといっています。
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さて、「悪意または有過失」の乙が、たった3年占有しただけで、時効取得させてしまっていいのでしょうか?
ここは、実は、乙を保護しているわけではなくて、善意無過失の前主甲を保護する観点から、短期取得時効の完成を認めているようです。
つまり、善意無過失の甲は、自ら占有を10年続けた場合は、当然、10年の短期取得時効の完成が認められます。
他方、善意無過失の甲が、短期取得時効の完成前に、悪意または有過失の乙に譲渡(占有移転)した場合に、甲の占有開始時から合計して10年経過しているのに短期取得時効の完成が否定されるとすると、所有権を取得できない乙は、売買契約を解除して甲に売買代金の返還を請求できることになってしまいます(他人物売買561条)。
(他人の権利の売買における売主の義務)
第五百六十条 他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
(権
(他人の権利の売買における売主の担保責任)
第五百六十一条 前条の場合において、売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない。
つまり、善意無過失で占有を開始した甲が、10年経過したとしても、時効完成の前にうっかり有過失者に譲渡(占有移転)してしまうと、結局、時効取得は認められない(甲は7年しか占有してないから)、 真実の所有者から返還を求められたら返還しないといけない。そういうことになってしまいます。善意無過失で占有を開始して10年経過しているのに。。
甲が、善意無過失で占有を開始してから、〈自ら占有を継続して10年経過した場合〉と、〈甲が、善意無過失で占有を開始してから、占有主体に変更があったものの10年経過した場合〉との、均衡を図るべきではないか。後者の場合に、甲が保護されないのは、均衡を失するのではないか。
善意無過失の甲を短期取得時効で保護するためには、有過失の乙が3年しか占有してないとしても目をつぶる、そういう実質的な判断があるようです。
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なお、以上の結論は、相続のような包括承継の場面でも、同様に解すべきとされています。善意無過失の被相続人の地位を包括承継するわけですからね。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊