民法判例百選Ⅰ[第9版] No.63
相続と民法185条にいう「新たな権原」
(最高裁平成8年11月12日)
今回は、『相続と民法185条にいう「新たな権原」』というお話です。
《他主占有者の相続人が、所有の意思をもって占有を始めた場合》に、「新たな権原」による自主占有へと転換するのか?
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他主占有から自主占有への変更
〈自主占有〉とは、「所有の意思」をもってする占有のこと。
〈他主占有〉とは、その他の占有のことです。
(占有の性質の変更)
第百八十五条 〈権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合〉には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は「新たな権原」により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。
《他主占有が自主占有に転換》するには、占有者が、
1)自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示する
又は
2)「新たな権原」により更に所有の意思をもって占有を始める
ことが必要とされます。
他主占有が続いていると思っている所有者に不意打ちとならぬよう、「自主占有へと変更した旨の意思表示がされる」か、「自主占有への変更が客観的に認識可能となること」が必要となります。
《他主占有から自主占有への転換》が具体的に問題となるのは、自主占有であることを成立要件とする〈時効取得の成否〉が問題となる場面です。
本件判例でも、〈他主占有者の相続人が時効取得を主張する場面〉で、〈相続による自主占有への転換〉が論点となりました。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
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事案からみていきましょう。
事案
Aは、不動産を所有していました。
Aは、不動産をBに贈与あるいは不動産の管理をBに依頼(どちらであったかは不明)、Bは不動産の占有&管理を開始しました。
その後、Bが死亡。Bの相続人であるXが不動産の占有を承継しました。
不動産の登記名義人はAのままでした。とはいえ、Xは、不動産の登記済証を所持し、固定資産税を納付し続けていました。
そのような事情のもと、Xは、Aに対して、AB間の贈与あるいはXの時効取得を理由として、本件不動産の所有権移転登記手続を求めて提訴しました。
そんな事案です。(単純化してあります)
判旨では、Xの時効取得の成否が争点とされました。つまり、Bは、不動産の管理を依頼された受任者にすぎず、他主占有者にすぎなかったとしても、BからXへの相続を契機として、他主占有は自主占有に転換、Bの占有開始から20年の経過により、Bに不動産所有権の時効取得が成立している、そういえるか?問題となりました。
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判旨
1,被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである。
2,ところで、右のように相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合を除き、一般的には、占有者は所有の意思で占有するものと推定されるから(民法一八六条一項)、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が他主占有に当たることについての立証責任を負うべきところ、その立証が尽くされたか否かの判定に際しては、(一) 占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は(二) 占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである。
3,これに対し、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。
4,Xは、Bの死亡により、本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく、新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。 Xの本件土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。
5,右のとおり、Xの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから、相続人であるXは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。そうすると、Aから時効中断事由についての主張立証のない本件においては、Xが本件土地建物の占有を開始した昭和三二年七月二四日から二〇年の経過により、取得時効が完成したものと認めるのが相当である。
判旨では、2つの条文の適用が問題となっています。185条と186条1項です。
185条の適用について
まず、185条の適用、相続を契機とする他主占有から自主占有への転換の成否からみていきましょう。
(占有の性質の変更)
第百八十五条 〈権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合〉には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は「新たな権原」により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
時効取得の成立には、所有の意思をもってする占有であること、つまり、自主占有であることが必要です。
そして、所有の意思の有無は、占有者の内心の意思にかかわらず、占有を生じさせた原因たる事実(占有取得原因事実)の性質によって、外形的客観的に判定されます。
判旨のなかでも、何度も「外形的客観的にみて」という表現がでてきますね。占有者の内心の意思なんて分かりませんから、内心の意思を判断基準にしたら、不意打ちをくらって不利益を被るひとがでてくるからです。
では、他主占有者の相続人が、相続により占有を承継し、自ら占有を開始した場合、自主占有へと転換することはできるのでしょうか。
判旨の1,と判旨の4,で、この点について触れられています。
1,被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである。
4,Xは、Bの死亡により、本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく、新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。 Xの本件土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。
1、で、「被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは」とあります。この場合、被相続人の占有が他主占有であったとしても、相続人は、185条にいう「新たな権原により」「所有の意思をもって占有を始め」たものとして、自主占有に転換する、というのが判例の立場です。
注意すべき点は、単純に、相続が「新たな権原」にあたる、とはいっていないことです。ア)「占有を相続により承継しただけでなく」、イ)「新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは」、185条にいう「新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始め」たとして、自主占有への転換を認めます。
相続という事実だけでは、外部からはなかなか分かりません。所有者がそれを認識するのは困難なことです。それだけで自主占有への転換を認めて、時効取得を成立させることは、所有者に不意打ちとなってしまいます。
そこで、客観的な変化として、相続人が、イ)「新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは」、「新たな権原」による自主占有への転換を認めるわけです。
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なお、以上の議論のなかでは、「相続により観念的に承継した占有」と「新たな事実的支配による相続人独自の占有」との区別を前提としています。それはつまり、187条1項が相続にも適用され、相続人は自己の占有のみを主張することもできるとする判例を前提としています(最判昭和37年5月18日)。
(占有の承継)
第百八十七条 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。
2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。
占有者の承継人における、占有の二面性(承継した前の占有者の占有&自己の独自の占有)を認める条文です。判例は、相続のような包括承継にも適用されるとしています。
他主占有者の相続人が、占有を承継した不動産の時効取得を主張する場合、前の占有者の占有を併せて主張すると、その瑕疵をも承継してしまいます(2項)。つまり、他主占有という性質をも承継してしまう。それでは、自主占有を要件とする時効取得は成立しません。そこで、相続人は、所有の意思をもってする自己の独自の占有(自主占有)のみを主張することになるのです。
186条1項の適用について
判例は、他主占有者の相続人の占有には、186条1項の「所有の意思」の推定は働かない、という立場です。
(占有の態様等に関する推定)
第百八十六条 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。
判旨の2、と判旨の3,ですね。
2,ところで、右のように相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合を除き、一般的には、占有者は所有の意思で占有するものと推定されるから(民法一八六条一項)、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が他主占有に当たることについての立証責任を負うべきところ、その立証が尽くされたか否かの判定に際しては、(一) 占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は(二) 占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである。
まず、原則です。「一般的には」以下です。占有者は「所有の意思」が推定されるので、そうじゃないと、それを否定する相手方が、占有者は他主占有であることを立証する責任を負います。その立証が尽くされたか否かの判定に際しては、(一)や(二)といった「外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明」されることが必要だ、といっていますね。細かい知識です。所有の意思の有無は、占有者の内心の意思にかかわらず、占有取得原因事実の性質によって、外形的客観的に判定されるのでした。「外形的客観的にみて」とありますよね。
続いて、
3,これに対し、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。
上の原則に対して、他主占有者の相続人が、自己の独自の占有に基づく時効取得を主張する場合(187条1項参照)は、時効取得の成立要件である「所有の意思」をもってする占有、つまり自主占有を自ら立証しなければなりません。
なぜなら、「所有の意思」の有無は、占有者の内心の意思にかかわらず、占有取得原因事実の性質によって、外形的客観的に判定されるのでした。この点、相続という占有取得原因事実のみでは、相続人の占有が、相続により包括承継した他主占有であるのか、相続人の独自の所有の意思をもってする自主占有であるのか、決することができません。推定しちゃうわけにはいかないのです。占有者である相続人において、その占有が相続を契機として自主占有に転換したと主張するならば、そう主張する占有者自らが立証責任を負うことになる、判旨は、そういっています。
そして、結論として、
5,右のとおり、Xの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから、相続人であるXは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。そうすると、Aから時効中断事由についての主張立証のない本件においては、Xが本件土地建物の占有を開始した昭和三二年七月二四日から二〇年の経過により、取得時効が完成したものと認めるのが相当である。
他主占有者の相続人の占有には、被相続人から承継した他主占有という面と、相続人の独自の占有という二面性があり、自己の独自の占有のみを主張することができます(187条1項の適用)。
相続人の占有が「所有の意思」をもってする自主占有に転換したといえるためには、「相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものである」ことが必要です。その場合には、185条にいう「新たな権原により」「所有の意思をもって占有を始め」たものとして、自主占有に転換することになります(185条の適用)。
なお、他主占有者の相続人の占有には、186条1項の「所有の意思」の推定は働きません。相続人が自ら立証する責任を負います。
で、他主占有者の相続人が、「所有の意思」の立証に成功して、相続人独自の占有が、その開始から20年経過しているときは、取得時効が完成したと認められることになります。
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まとめ
今回は、単純に、相続が185条の「新たな権原」にあたる、ではすまない、正確におさえようとおもうと、意外と深い判例でした。
結局、この問題は、所有の意思をもって長期間占有を続ける相続人の利益と、相続人は他主占有を包括承継しているとおもっている所有者の利益、両者の比較衡量をする、そうまとめることができそうです。この視点から、全体をチェックしてみると、納得が深まるようにおもいます。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊