占有権 物権法

民法194条に該当する善意占有者の使用収益権/代価弁償請求権をわかりやすく(最高裁平成12年6月27日判決)

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善意占有者の使用収益権

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.65
民法194条に該当する善意占有者の
使用収益権/代価弁償請求権
(最高裁平成12年6月27日)

今回は、「民法194条に該当する善意占有者は代価弁償の提供があるまで使用収益権を有するか」というお話です。

関係する条文は、192条、193条、194条。

条文からみていきましょう。

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条文

即時取得
第百九十二条  取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

盗品又は遺失物の回復
第百九十三条  前条の場合において、〈占有物が盗品又は遺失物であるとき〉は、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる

第百九十四条  〈占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたとき〉は、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない

192条は、《動産の即時取得》の条文です

「動産取引の安全」を重視する観点から、「公信の原則」を採用したものでしたね。(No.68 占有改定・指図による占有移転と即時取得)

動産の即時取得とは、「権利者らしい外観を信頼した者を保護する制度」で、公信の原則を採用したものとされています。

ウィキペディアより

公信の原則(積極的信頼の原則)とは、対抗要件を伴った物権変動の外観が存在し、それを第三者が信頼した場合には実体的な物権変動が存在しなくてもその信頼を保護すべきという原則をいう

日本では動産物権変動については即時取得制度によって公信の原則が採用されている一方、不動産物権変動については不動産登記に公信力を認めなかったので民法第94条2項類推適用(権利外観法理)によって取引の安全を図っている。

193条は、192条の特則として、「占有物が盗品又は遺失物であるとき〉は、被害者又は遺失者は、2年間は、目的物の回復を請求できる」としています。

「動産取引の安全」を重視するといっても、盗品や遺失物のように、被害者等の意思によらずに占有を離れた物については、被害者や遺失者とりわけ「真実の所有者を保護」する必要があるので、特則を設けました。

さらに、193条の特則として、194条があり、「占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたとき〉は、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない」とされています。

そのような取引は保護する必要が大きいので、「占有者と被害者等との保護の均衡」を図った規定といえます。

192条~193条~194条。「占有者の保護」と「被害者等の保護」とのあいだを、行ったり来たりしてますけど、ポイントは、《占有者と被害者等との保護の均衡を図るという視点です。

この視点から、今回の判例で問題となった、2つの争点について、みていくことにしましょう。

2つの争点

2つの争点とは

争点1)盗品等の占有者は、代価弁償の提供があるまで、盗品等の使用収益権を有するか(使用収益の返還義務を負うか)

争点2)占有者は、代価弁償を受ける前に、任意に盗品等を被害者等に返還してしまった場合でも、なお代価弁償を請求することができるか

です。

これだけでは、なんのことやら‥?ですよね。。

詳しい事案をみてみましょう。

事案

Xは、平成6年10月末頃、所有していた土木機械バックホーをAに盗まれてしまいました。

その後、Yは、無店舗で中古土木機械の販売業を営むBから、善意・無過失で本件機械を300万円で購入。これを占有使用していました。

Xは、平成8年8月8日(盗難時から2年以内)、Yに対して、「所有権に基づき本件機械の引渡しを求める」とともに、「不当利得を理由として、返還までの使用利益相当額の支払いを求めて」、提訴しました。

これに対して、Yは、194条に基づいて、「代価の弁償を受けないかぎり本件機械を引き渡さない」、と主張して争いました。

ただ、Yは、原審継続中の平成9年9月2日、使用利益相当額の負担が増大することを避けるため、本件機械を、代価の支払いを受けないまま、任意にXに返還してしまいました。

そんな事案です。

判旨もみてしまいましょう。

判旨

【要旨1】1 盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の被害者又は遺失主 (以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法一九四条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である

けだし、民法一九四条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法一九二条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物を回復することができないとすることによって、 《占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定》であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法一九四条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、 代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有取得後の使用利益を享受し得ると解されるのに、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、 占有者の地位が不安定になること甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである

また、弁償される代価には利息は含まれないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである

これを本件について見ると、Yは、民法一九四条に基づき代価の弁償があるまで本件機械を占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。

これと異なり、Yに右権限がないことを前提として、民法一八九条二項等を適用し、使用利益の返還義務を認めた原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。

【要旨2】右の一連の経緯からすると、Xは、本件機械の回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件機械の引渡しを受けたものと解すべきである。

このような事情にかんがみると、Yは、本件機械の返還後においても、なお民法一九四条に基づきXに対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である

そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項によりXはYから履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、 本件機械の引渡しに至る前記の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるとのYの意思がXに対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。

したがって、Xは代価弁償債務につき本件機械の引渡しを受けた時から遅滞の責を負い、引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から遅延損害金を支払うべきものである

要旨1で争点1について、要旨2で争点2について、判示しています。

争点1について

争点1)盗品等の占有者は、代価弁償の提供があるまで、盗品等の使用収益権を有するか(使用収益の返還義務を負うか)

争点1については、『その解釈の前提となる論点』があります。

それは、『盗品等の回復がなされるまでの間、目的物の所有権は誰に帰属するのか?』という論点です。

「所有権の帰属主体が、目的物の使用収益権を有するはず」ですよね。

この点につき、判例は、「所有権は原所有者に留保されている」と解しています (原所有者帰属説)

この立場からは、「193条194条の回復請求権は、目的物の占有の回復を求めるものにすぎない」ということになります。

つまり、「193条によって192条の適用が排除されている」といえる。

原所有者帰属説の理由として、次のようなことがいわれています。

もし、占有者が所有権を取得すると解すると、回復請求権を有する被害者又は遺失者である賃借人や受寄者が、最初からもっていない所有権という権利を回復、取得することになってしまい、おかしい。

で、判例の立場によれば、原所有者に所有権は残っています。占有者に所有権はありません。「占有者には、所有権がない以上、使用収益権もないはず」です。とすれば、「目的物を返還するまでの、使用利益相当額の返還義務を負うことになる」、それが、筋ですよね。

つまり、善意無過失の占有者は、返還するまでの二年以内の使用利益相当額(賃料相当額)を支払うことになる。。本件土木機械バックホーを一月レンタルすると約20万円かかるようで、二年以内となると結構な額になりそうです。

本判決は、所有権の帰属にはふれることなく、「占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。」と判示しています。「占有者は使用収益権を有する」、と判示しています。あれ・・ですよね。

その理由としてあげているのが、194条の趣旨からの、政策的判断です。

つまり、194条を、《占有者と被害者等との保護の均衡を図った趣旨の規定》としたうえで、「被害者側の選択によって占有者の地位があまりに不安定になり両者の保護の均衡を欠いて194条の趣旨に反する結果となること」、「弁償される代価には利息が含まれないからそれとの均衡上占有者に使用収益を認めることが公平であること」、をあげて、占有者の使用収益権を認めました。

筋を曲げてでも占有者と被害者等との保護の均衡を図った判断」「被害者側の選択によって占有者がうける不利益を、できるだけ小さくしようという政策的判断」といえそうです。

争点2について

争点2)占有者は、代価弁償を受ける前に、任意に盗品等を被害者等に返還してしまった場合でも、なお代価弁償を請求することができるか

事案として、『被害者等が代価弁償して回復することを選択した場面において、占有者が代価弁償を受ける前に返還してしまった』という場合です。

「被害者等が回復請求を選択した以上は、占有者側が代価弁償の請求権を放棄しない限り、代価弁償するのは当然のこと」「それが両者の均衡を図った194条の趣旨にかなうこと」、そう感じます。

判旨も、次のようにいっています。

【要旨2】右の一連の経緯からすると、Xは、本件機械の回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件機械の引渡しを受けたものと解すべきである

このような事情にかんがみると、Yは、本件機械の返還後においても、なお民法一九四条に基づきX対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である

さらに、判旨の最後には、細かいことですけど、代価弁償請求できるとして、『被害者等の代価弁償債務に遅滞が生じる時期はいつか?』という論点もあります。

代価弁償債務には、約定された期限の定めなんてありません。

「期限の定めのない債務」。412条3項です。

(履行期と履行遅滞)
第四百十二条  債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。
2  債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負う。
3  債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う

「期限の定めのない債務」では、債務者は、「履行の請求を受けた時から」遅滞の責任を負います。

本件の事案では、どの時点かというと、判旨は次のようにいっています。

代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項によりXはYから履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、 本件機械の引渡しに至る前記の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるとのYの意思がXに対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である

したがって、Xは代価弁償債務につき本件機械の引渡しを受けた時から遅滞の責を負い、引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から遅延損害金を支払うべきものである

「機械の引渡しの時に、代価弁償の履行請求がされた」と認定したうえで、「引渡し時から遅滞の責任を負う」いっていますね。

まとめ

今回の判例は、どちらかというと細かい知識の、しかも、前提となる判例の立場からは、ストレートにはでてこない結論をとっていることもあり、やや分かりにくい判例ではあるとおもいます。

192条は、動産取引の安全を重視する観点から、公信の原則を採用した、即時取得の規定でした。

とはいえ、〈目的物が盗品や遺失物の場合〉は、被害者側の保護の必要があるので、特則として、193条で被害者等の回復請求権を定めています。回復までの間の目的物の所有権の帰属主体は、原所有者でしたね。「所有権は原所有者に残っている」というのが、判例の立場でした。

さらに、この特則として、194条で、〈占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたとき〉は、そうした取引を保護する必要が大きいので、被害者等は、占有者が支払った代価を弁償しないかぎり、目的物の回復を請求できない、とされています。《占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定》でしたね。

そして、「占有者は、代価弁償の提供があるまで、盗品等の使用収益権を有する」というのが、判例の立場でした。

判例の原所有者帰属説からは、ストレートにでてこない結論ですけど、「被害者側の選択によって占有者がうける不利益をできるだけ小さくしようという政策的判断」から、占有者の使用収益権を認めたものでした。

ポイントは、194条の趣旨である、《占有者と被害者等との保護の均衡》でした。

本判例を、何度も納得して、自分のものにすることは、192条から193条、そして194条へと、筋の通った理解を身につける助けになる、そうおもっています。

今回は、以上です。

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