民法判例百選Ⅰ[第9版] No.69
建物の付合‐賃借人のした増築
(最高裁昭和44年7月25日)
今回は、『建物の付合』の判例です。
いわゆる「建物増改築紛争」のお話です。
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付合二分論
添付の規定(付合、混和、加工、242~248条)は、
そんな趣旨の規定です。
《不動産付合》の条文を、みてみましょう。
(不動産の付合)
第二百四十二条 不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
(付合、混和又は加工に伴う償金の請求)
第二百四十八条 第二百四十二条から前条までの規定の適用によって損失を受けた者は、第七百三条及び第七百四条の規定に従い、その償金を請求することができる。
《不動産付合》があった場合、原則として、「不動産の所有者が、付合した物の所有権を取得します」(242条本文)。
不動産のほうが価格が著しく高いからですね。
ただし、例外として、「権原による所有権の留保」が可能です。
つまり、「権原によってその物を附属させた者は、その物の所有権を留保することができる」(同条ただし書)。
○
242条の「本文」と「ただし書」の関係については、一般的に、『付合二分論』がいわれています。
『付合二分論』とは、「強い付合」と「弱い付合」、場合を分けて考える立場です。
1)「強い付合」
〈付属物が「不動産の構成部分」となって独立性を喪失している場合〉→常に、不動産の所有者が、付属物の所有権を取得する。
この場合、「不動産の構成部分」となってしまっているので、附属させた者による「付属物の所有権の留保」はできません。つまり、ただし書の適用はない。
これに対して、
2)「弱い付合」
〈付属物がなお「独立性」を保っている場合〉→ただし書の適用による所有権の留保が可能。
この場合は、「独立性」を保っているので、附属させた者による「付属物の所有権の留保」が可能となります。
つまり、ただし書の適用は、「弱い付合」の場合に限られる、となります。
で、
242条ただし書は、「権原」による「付属物の所有権の留保」を定めていますね。
ここに、「権原」とは、どんな権利をいうのか?
本件事案のような、「建物賃借権」は「権原」になりうるのか?
「建物賃借権」は利用権ですからね。。勝手に増改築して、増改築部分の所有権を賃借人に留保できるとか、そんな内容まで含む権利ではありません。
「権原」とは、単なる利用権ではなく、「付属物の所有権を留保する権利をいう」とされています。
そして、家主さんが増改築を「承諾」した場合には、「承諾」により一般に「権原」が生じる、とされています。
本件は、家主さんの「承諾」があった事案のようです。つまり、「権原」はあった。
とすれば、〈付属物がなお「独立性」を保っている「弱い付合」の場合にあたるとき〉は、ただし書の適用によって、「権原」による「所有権の留保」が可能、となりますね。
他方、〈付属物が独立性を喪失して「強い付合」に至っているとき〉は、付属物の所有権は不動産の所有者に帰属することになり、ただし書の適用はない、「権原」による「所有権の留保」は不可、そうなります。
○
以上を前提として、本件の事案、判旨をみてみましょう。
*なお、本件は〈特殊な事案〉となっています。
つまり、〔建物増改築紛争の通常のケース〕というのは、家主さんの側が、「増改築部分を付合によって取得した」と主張して、所有権の確認を求めたり、契約終了後に増改築部分の明渡しを求めたりする、それに対して、賃借人の側が、付合の成立を否定して、「これは私のだ!」と主張して争う、そんな事案です。
しかし、〔本件の事案〕は、「賃借人の側も、家主さんと一緒になって、付合の成立を主張している」そんな事案です。
なぜかというと、、
○
事案
AはXから、土地を建物所有目的で賃借して、土地上に甲建物を建てました。
BはAから、甲建物の一部を賃借して、Aの承諾を得たうえで、甲建物の屋上に乙建物を建造しました。
乙建物の構造は、四畳半の部屋と押入各一箇からなり、 外部への出入りは、甲建物内の六畳間の中にある梯子段を使用するほか方法がないものでした。
なお、乙建物については、Bの相続人Cらが、所有権保存登記をしています。
これに対して、Xは、Aに対し、「乙建物の敷地部分の借地権が、AからBに無断譲渡または転貸された」と主張して、甲建物の収去と土地の明渡しを請求しました。
そんな事案です。(単純化してあります)
*つまり、本件の争点は、「建物の増改築が、家主さんAの土地賃借権の解除原因(無断譲渡・転貸612条)にあたるか?」という点にありました。その前提問題として、「付合の成否」が争われました。
(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
第六百十二条 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。
仮に、〈乙建物が甲建物に付合している〉とすれば、家主さんAが乙建物の所有権を取得することになり(242条本文)、AからBには、A所有の建物の一部が賃貸されたにすぎないことになる。「借地上の建物の”賃貸”は、借地権の転貸にはあたらない」というのが判例の立場です。「建物の”賃借人”には、独立の土地の利用権が与えられてはいない」というのが理由です。家を借りただけなのですね。(これに対して、「借地上の建物の”譲渡”があった場合」であれば、建物の存立には土地利用権が不可欠ですので、借地権は建物所有権の従たる権利として、建物譲受人に譲渡・転貸されたことになります。87条2項類推適用)
(主物及び従物)
第八十七条 物の所有者が、その物の常用に供するため、自己の所有に属する他の物をこれに附属させたときは、その附属させた物を従物とする。
2 従物は、主物の処分に従う。
他方、仮に、〈乙建物が甲建物に付合せず、独立性を有していて、Bの区分所有権が成立する〉とすれば、建物の存立には土地利用権が不可欠ですので、「家主さんAによる増改築の承諾によって借地権の譲渡・転貸がされた」と認められる可能性があります。土地所有者Xに無断でしたのであれば、土地賃借権の解除原因(無断譲渡・転貸612条)にあたる可能性があります。
ということで、後者の場合、つまり、〈乙建物が甲建物に付合せず、独立性を有していて、区分所有権の対象になる〉とすると、借地権の無断譲渡・転貸にあたり、借地権の解除原因にあたる可能性があります。
そうなると、AとBは、建物を収去して土地から退去しなければなりません。
それは困るので、AもBも一緒になって、乙建物の甲建物への付合の成立を肯定して、「借地権の無断譲渡・転貸はないよ」と主張しているのですね。
さて、判例はどう判断したかというと。。
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判旨
本件乙建物は、甲建物の一部の貸借人Bが昭和三三年以前に自己の費用で甲建物の屋上に構築したもので、その構造は、四畳半の部屋と押入各一箇からなり、 外部への出入りは、甲建物内の六畳間の中にある梯子段を使用するほか方法がないものであることは、原審が適法に確定した事実である。
そうとすれば、「乙建物は、既存の甲建物の上に増築された二階部分であり、その構造の一部を成すもので、それ自体では取引上の独立性を有せず、建物の区分所有権の対象たる部分にはあたらない」といわなければならず、たとえBが乙建物を構築するについて右甲建物の一部の賃貸人Aの承諾を受けたとしても、民法二四二条但書の適用はないものと解するのが相当であり、その所有権は構築当初から甲建物の所有者Aに属したものといわなければならない。
そして、乙建物についてBの相続人らであるCら名義の所有権保存登記がされていても、このことは右判断を左右するものではない。
したがつて、乙建物がBによつて構築されたことをもつて、他に特段の事情の存しないかぎり、その敷地にあたる部分の賃借権が同人に譲渡または転貸されたことを認めることができないものといわなければならず、右譲渡転貸の事実を認めることができないとした原判決の判断は相当である。
判旨をまとめると、
1、「増改築部分(乙建物)は、甲建物の構造の一部をなすもので、独立性を有せず、区分所有権の対象にならない」。
「増改築部分(乙建物)は、甲建物の構成部分となっている」つまり「強い付合」に至っている、と認定しています。
その判断の重要なKeyとなっているのが、「外部への独立の出入り口の存否」です。
この点、判例のなかには、「店舗のケースにおいて、区分所有権の対象性を認めたもの」があるようです。店舗ですから、「外部への独立の出入り口」が当然あります。利用上の独立性が高いこともあり、区分所有権の成立を認めたようです。
これに対して、本件の増改築部分(乙建物)は、
…その構造は、四畳半の部屋と押入各一箇からなり、 外部への出入りは、甲建物内の六畳間の中にある梯子段を使用するほか方法がない…
というものでした。「外部への独立の出入り口」がない、そんな構造でした。
それゆえ、
…乙建物は、既存の甲建物の上に増築された二階部分であり、その構造の一部を成すもので、それ自体では取引上の独立性を有せず、建物の区分所有権の対象たる部分にはあたらない…
と認定されたわけです。
建物の区分所有等に関する法律
(建物の区分所有)
第一条 一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、それぞれ所有権の目的とすることができる。
「強い付合」に至っている、ということで・・
2、たとえ、増改築について、家主さんAの承諾があったとしても、242条ただし書の適用はない。
ただし書の適用は、付属物がなお独立性を保っている「弱い付合」の場合に限られました。
家主さんの「承諾」が「権原」にあたるとしても、「強い付合」に至っているので、ただし書の適用はありません。
「所有権の留保はできない」ということ。
「強い付合」の場合なので、増改築部分の所有権は、甲建物の所有者Aが取得することになります(242条本文)。
3 、この判断は、乙建物に独立の登記がされていても、左右されない。
登記できてしまったのですね。。
でも、登記は公示の手段にすぎません。
登記には、実体的な権利を変動させるチカラはありません。
付合の判断を左右するチカラはありません。
○
ということで、結論として、判旨は次のようにいいます。
乙建物がBによつて構築されたことをもつて、他に特段の事情の存しないかぎり、その敷地にあたる部分の賃借権が同人に譲渡または転貸されたことを認めることができないものといわなければならず、右譲渡転貸の事実を認めることができないとした原判決の判断は相当である。
「増改築部分(乙建物)は甲建物に強く付合するに至っている」ので、家主さんAがその所有権を取得することになります(242条本文)。
AからBには、A所有の建物の一部が賃貸されたにすぎないことになり、「借地上の建物の”賃貸”は、借地権の譲渡・転貸にはあたらない」ので、「借地権の無断譲渡・転貸の事実はない」「借地権の解除原因はない」となります。
Xの請求は棄却されました。
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まとめ
本件は、〈特殊な事案〉の判例でした。
「借地権の無断譲渡・転貸による解除の可否(612条)」の前提問題として、「付合の成否」が判断されました。
「強い付合」か「弱い付合」か。
「付合して家主さんが増改築部分の所有権を取得しているのか」(242条本文)
それとも
「区分所有権の対象となり借家人が独立の所有権を留保しているのか」(同条ただし書)。
その判断の際、重要なKey要素となるのが、「外部への独立の出入り口の存否」でしたね。
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ここでも、諸説の対立があるようです。
でも、なによりも、判例を自分のものにすること、そこに集中することを、強くオススメします。
実務は、判例で動いていますからね。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊