民法判例百選Ⅰ[第8版] No.12~14
公序良俗違反(1)(2)(3)
今回は、「公序良俗違反」の判例です。
3つの判例をまとめて、みてしまいましょう。
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NO.13.証券取引における損失保証契約(最判平成15年年4月18日)
NO.14.男女別定年制度(最判昭和56年3月24日)
この、3つの判例です。
(公序良俗)
新法第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
( 旧)第九十条公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
NO.12.不倫な関係にある女性に対する包括遺贈(最判昭和61年11月20日)
この判例は、法律上の妻のいる男性が、法律婚が完全に破綻していない状態で、不倫な関係にある女性に対してなした包括遺贈の有効性を、最高裁が初めて認めたものです。
事案
亡Aは、妻X1がいるにもかかわらず、他の女性Yと、死亡時までの7年間にわたり、半同棲のかたちで不倫な関係を続けました。
AとX1は別居していました。
X2という長女がいて、すでに嫁いで、高校の講師等をしていました。
Yの存在は家族に公然のもので、YとX1とX2で、一緒に旅行することもあったとか。。
Yは、生活の資をもっぱらAに頼るようになっていました。
で、A死亡。Aの遺言によれば、「全遺産はX1、X2、Yに、それぞれ3分の1ずつ(包括)遺贈する」とされていました。
X1とX2は、遺言の無効確認を求めて提訴しました。
そんな事案です。
判旨
原審判示の事実関係のもとにおいては、本件遺言は、不倫な関係の維持継続を目的とするものではなく、もっぱら生計を亡Aに頼っていたYの生活保全のためにされたものというべきで、また、遺言の内容が相続人らの生活の基盤を脅かすものとはいえない。本件遺言が民法90条に違反し無効であると解すべきではない。
と、判示しました。
まず、包括遺贈とは、「一定の割合を示してする遺贈のこと」をいいます。例えば、「全遺産の3分の1を遺贈する」というもの。
これって、相続人の相続分と同じですよね、割合という点で。
そこで、「包括受遺者は相続人とほぼ同じ扱いを受ける」とされています。例えば、包括受遺者にも、相続の承認・放棄、遺産分割等の規定の適用があります。(但し、不倫相手は相続人ではないので遺留分はありません)
(包括遺贈及び特定遺贈)
第九百六十四条 遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし、遺留分に関する規定に違反することができない。
(包括受遺者の権利義務)
第九百九十条 包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。
「いわゆる愛人・妾に対する遺贈と公序良俗違反との関係」についての判例といえば、大判昭和18年3月19日が有名です。
この判例では、「遺言者が死亡するまで妾として同棲生活を続けることの条件としてなされた遺贈」について、「妾関係の維持継続を条件とするもので善良の風俗に反する事項を目的とする」とした上で、遺言を無効としました。
その後も、下級審ではいくつかの裁判例があり、そこでは、〈遺言を無効とするか否かの基準〉として、2つのファクターが形成されていたようです。つまり、
1、遺贈の目的が、不倫な関係の維持継続にあったのか相手方の生活保全にあったのか。
2、遺贈が、相続人の生活基盤を脅かさないか否か。
で、本判例は、法律婚が完全に破綻していない場合でも、1、遺贈の目的が、不倫相手Yの生活保全にあった、2、遺言の内容が、相続人X1X2の生活基盤を脅かすものとはいえない、として、包括遺贈の有効性を認めました。
ただ、本判例は、あくまでもこの事例では有効といっただけで、例えば、「不倫相手に全遺産を遺贈した場合」や、「不倫相手の存在が公然ではなかった場合」「夫婦の実態がなお存在していた場合」あるいは、「子供が幼かった場合」はどうか?事案次第では、結論は異なってくるようです。
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なお、上であげた2つのファクターのうち、
については、法が用意しているものとして、遺留分制度(遺留分減殺請求)がありますよね。つまり、「相続人の生活基盤の保護を理由に遺贈が無効」となるのは、「遺留分制度によってはなお相続人の生活基盤の保護を図れない場合」ということになるようです。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
以上、あくまでも、本事案では有効である、とした判例でした。
では、続いて、
NO.13.証券取引における損失保証契約(最判平成15年年4月18日)
1989年末から表面化した一連の証券不祥事。証券会社のしていた損失保証契約。本事案では、証券会社が、年8%の利回りを保証していました。
損失保証は、証券取引の公正と証券市場に対する信頼を損なう行為です。証券不祥事を契機として、1991年に証券取引法が改正され、損失保証は刑罰をもって禁止されることになりました。
本判例で問題となったのは、「XY間の損失保証契約が、証券取引法で刑罰をもって禁止されることになる以前に締結されていた」点です。つまり、「契約時には、公序良俗違反との社会的認識はなかったけど、履行請求時には、公序良俗違反となっていた場合、このような履行請求が認められるのか?」という問題です。
「法律は、将来に向かってのみ効力を生じ、遡及効を有しない」という原則、事後法の禁止、遡及処罰の禁止、これらの原則との関係ですね。
事案
一連の証券不祥事が発覚する前に、商社Xと証券会社Yは、年8%の利回りを保証して、30億円を信託して運用する旨の契約をしました(損失保証契約)。
ところが、証券会社Yが保証契約を履行しないため、商社Xは、保証契約の履行を求めて提訴。
予備的に、損失保証を約束して投資を勧誘することは不法行為にあたる、として、損害賠償を請求しました。
そんな事案です。
◯ 判旨 ◯
法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは,”法律行為がされた時点の”公序に照らして判断すべきである。けだし,民事上の法律行為の効力は,特別の規定がない限り,行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが,この理は,公序が法律行為の後に変化した場合においても同様に考えるべきであり,法律行為の後の経緯によって公序の内容が変化した場合であっても,行為時に有効であった法律行為が無効になったり,無効であった法律行為が有効になったりすることは相当でないからである。
本件保証契約が締結された~当時において,既に,損失保証等が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみることは困難であるというべきである。本件保証契約は公序に反し無効であると解することはできない。
と判示しました。
証券取引法が改正される以前は、損失保証は取締法規違反にすぎず、私法上は有効であると考えられていました。本件契約は、その当時に締結されたものだったため、公序良俗違反にはあたらない、とされたようです。
つまり、判例は、〈公序良俗に反するか否かの判断基準時〉を、法律行為の時としました。行為時説ですね。
事後法の禁止、遡及処罰の禁止。
「行為時には適法な行為であり、何の問題もないとおもって行為したら、その後、違法行為だと改められて処罰される」としたら、こわくて何もできなくなってしまいます。社会的不安定をきたしてしまう。国家権力による、国民の自由や人権の侵害が、容易に可能となってしまいます。
「本件損失保証契約の締結時」を基準にすれば、公序良俗に反するとまではいえない。ちょっと引っかかるところもありますけど、まあ、そうかなと。。
ただ、保証契約の履行請求については、証券取引法42条の2第1項3号によって禁止される財産上の利益提供を求めているものであるから、法律上この請求が許容される余地はない、と判示されています。
また、予備的に請求された、「損失保証を約束して投資を勧誘することは不法行為にあたるから損害賠償を請求する」との主張。これを認めたら、実質的には、不法行為の損害賠償というかたちで、損失の保証を認めることになってしまいますよね。否定されます。
本件の差戻控訴審である東京高判平成16年1月22日は、商社Xの悪性が強かったことを考慮して、民法708条但書の趣旨に照らし、損害賠償請求を否定しました。
(不法原因給付)
第七百八条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
ちょっと分かりにくいですね。
つまり、証券会社Yからの損失の補填は不法な原因の給付であるけれど、受益者である商社Xの悪性が強かったので、但書の、「不法な原因が受益者についてのみ存したとき」にあたるということができ、損失の補填は受益者である商社Xのもとに保持されるべきではない。そういう意味だとおもいます。
ということで、〈公序良俗に反するか否かの判断基準時〉でした。
NO.14.男女別定年制度(最判昭和56年3月24日)
これは、憲法の判例ですね。
憲法14条「法の下の平等」、「私人間効力」。
憲法というのは、「国家と国民の間を規律する法」です。「国家からの自由」とかいいますよね。
「私人間への直接の適用」は、原則、予定されていません。それは、私法の領域です(私的自治の原則)。
ただ、現実には、「国家権力に類するような大きな力をもった企業や団体」が存在し、力関係で著しく劣る一個人(従業員など)との関係は、「国家権力と個人との関係に似たような状況」にあり、同様に、弱い立場にある個人の人権をまもる必要があります。
そこで、憲法の人権規定の趣旨を、なんとかして私人間にも及ぼそう、これが「私人間効力」の問題ですね。
判例は、「直接には適用できないけど、民法90条などの一般条項に憲法の趣旨を読み込むことで、私人間においても、個人の人権保障を図ろう」としています(間接適用説)。
で、本判例の事案は、「男女別定年制度に合理性があるのか?」(憲法14条「法の下の平等」合理的な区別)が争点となった有名な判例です。
判旨
上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない。
上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法二条参照)。
憲法第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受けるものの一代に限り、その効力を有する。
(解釈の基準)
民法第二条 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。
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本判例は、「女子労働者の基本的人権の尊重という要請を、一般条項である民法90条のなかに取り込んだもの」ということができます。言い換えれば、「民法90条の一般条項としての役割を示した判例」といえそうです。
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今回は、以上です。
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2020年4月1日施行の改正民法により、公序良俗に反する法律行為の無効について「事項を目的とする」との文言が削除されました
これを書いたひと🍊