法律行為

錯誤(民法95条改正)~法律行為の要素(最判平成元年9月14日判決)/動機についての錯誤(最判平成28年1月12日判決)をわかりやすく

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錯誤

民法判例百選Ⅰ[第8版] No.24
錯誤~法律行為の要素
(最判平成元年9月14日)

動機についての錯誤
(最判平成28年1月12日)

今回は、錯誤のお話です。

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錯誤とは

錯誤とは、表示に対応する意思が不存在で、しかも不存在につき表意者の認識が欠けていること。

いわゆる『意思の不存在』(意思表示があっても内心の意思が欠けている場合)には、心裡留保(93条)、虚偽表示(94条)、錯誤(95条)があります。

心裡留保は、意思と表示の不一致を表意者自身が認識している場合でした。表意者保護の必要性に乏しいので、相手方の取引安全の保護のために、原則として意思表示通り有効とされます。(93条1項本文、表示主義)

これに対して、錯誤は、意思と表示の不一致を表意者自身が知らない場合です。表意者保護の必要性があるので、原則として取り消しできるとされます。(95条1項、意思主義)

(心裡留保)
新法第九十三条  意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない

2020年4月1日施行の改正93条について

(心裡留保)
旧法第九十三条  意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

(錯誤)
新法第九十五条  意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは取り消すことができる
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2  前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる
3  錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない

2020年4月1日施行の改正95条について

(錯誤)
旧法第九十五条  意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

 

「意思と表示の不一致を知らずに意思表示している表意者」は保護する必要があるので、錯誤の意思表示は原則無効となります。

でも、「取引の安全」との調整も必要です。そこで、無効主張できる場面を「法律行為の要素」に錯誤がある場合に限定し、さらに、表意者にあまりに軽率な重大な過失があった場合は無効主張を許さないとされています。

法律行為の要素

錯誤は原則として取り消しできます。(95条1項、意思主義)

意思と表示の不一致を表意者自身が知らない場合で、表意者保護の必要性があるからですね。

ただ、相手方の取引安全を図る要請もあるので、旧法では、意思表示の効力を否定できるのは「法律行為の要素に錯誤があったとき」に限ることで、取引安全との調和を図っていました。

この「法律行為の要素に錯誤があったとき」とは、つまり「重要部分について錯誤があったこと」で、これについて判例(大判大正3年12月15日、大判大正7年10月3日)は、①錯誤がなかったならば表意者自身が意思表示をしなかったであろう場合(錯誤と意思表示との間の因果関係)で、かつ②通常人であっても意思表示をしなかったであろう場合(客観的な重要性)でなければならないと解釈していました。

そこで、国民一般にとっての分かりやすさの向上を目的として、改正法において、「法律行為の要素に錯誤があったとき」の要件を上の判例を踏まえて見直して、①意思表示が錯誤に基づくこと(主観的な因果関係の存在)と、②錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること(客観的な重要性の存在)を要件として明文化しました(新法95条1項)。

で、今回の判例は、この「法律行為の要素」に関わる判例です。具体的には、動機の錯誤が「法律行為の要素に錯誤があったとき」にあたるか、という問題です。

事案

協議離婚に伴い、夫が自己の不動産全部を妻に譲渡する旨の財産分与契約をしました。

契約の当時、妻のみに課税されるものと誤解した夫は、心配してこれを気遣う発言をし、妻も自己に課税されるものと理解していたそうです。

ところが、後日、夫に二億円余の譲渡所得税が課されることが判明してビックリ(゚д゚)!

そこで、夫は、財産分与契約の錯誤無効を主張しました。

そんな事案です。

判旨

意思表示の動機の錯誤法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となりもし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ、動機黙示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない
協議離婚に伴い夫が自己の不動産全部を妻に譲渡する旨の財産分与契約をし、後日夫に二億円余の譲渡所得税が課されることが判明した場合において、右契約の当時、妻のみに課税されるものと誤解した夫が心配してこれを気遣う発言をし、妻も自己に課税されるものと理解していたなど判示の事実関係の下においては、他に特段の事情がない限り、夫の右課税負担の錯誤に係る動機は、妻に黙示的に表示されて意思表示の内容をなしたものというべきである。そして、本件財産分与契約の目的物は夫らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、夫とすれば、前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである

動機の錯誤が「法律行為の要素に錯誤があったとき」にあたるか/動機表示構成(黙示的に表示も含む)

問題となっているのは、動機の錯誤が「法律行為の要素に錯誤があったとき」にあたるか、でしたね。

動機の錯誤とは、「意思の前提である動機に錯誤がある場合」です。意思と表示は一致しています。「意思と表示の不一致」はない。だから、原則、錯誤にはあたらないのですね。

とはいえ、錯誤で問題となるのは、ほとんど動機の錯誤といわれています。これを錯誤から外す訳にはいかない。錯誤無効の主張を認めてあげたい。

でも、表意者の動機なんて相手方には分かりませんから、相手方の取引安全の保護を図る必要があります。

そこで、判例は、動機の錯誤を理由に意思表示の効力を否定するには、動機が相手方に表示されて意思表示の内容となっていなければならないとしていました。

動機も表示されれば意思表示の(法律行為の)内容となるでしょ。そうなれば、「意思と表示の不一致」といえるから、錯誤無効の主張を認めていいでしょ。

というもの。動機表示構成といわれています。

で、動機表示構成は、さらに、動機が「黙示的に表示」されているときもOKとしています。「黙示的に表示」っておかしくない?っておもいますけどね。。気持ちは伝わってるでしょ、みたいな感じですね。

さらにまた、平成の判例たちは、動機の表示を問題とすることなく(!?)、両当事者が契約時に前提としていた重要事情を柔軟に「法律行為の要素」に含めて、錯誤無効の主張を認めてしまっています

例えば、最判平成14年7月11日は、連帯保証の事案で、連帯保証人が認識していた主債務の内容と実際の主債務の内容とが違っていたという場合に、「主債務がいかなるものであるかは、保証契約の重要な内容である」として、錯誤無効の主張を認めています。つまり、「保証契約では主債務がどういうものかは重要な事柄だという認識」を、両当事者とも前提としてもっていたのだから、それは「法律行為の要素」になる。そういってます。動機の表示には触れることなく。。

今回の判例では、一応、動機の表示が要件として要求されています。つまり、

その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、

の部分ですね。

そして、

もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する

ここが、「法律行為の要素」について書かれた部分です。

右動機が黙示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない

とも言っていますね。

それぞれのあてはめも判旨にありますので、確認してみてください。

なお、2020年4月1日施行の改正民法では、動機が「表示されていたとき」を要件として、要求しています。(新法95条2項)

(錯誤)
新法第九十五条  意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは取り消すことができる
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2  前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる
3  錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

動機が明示又は黙示に表示されても当然に法律行為の内容とはならない(最判平成28年1月12日)

最判平成28年1月12日は、

保証契約は、主債務者がその債務を履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容とするものであり、主債務者が誰であるかは同契約の内容である保証債務の一要素となるものであるが、主債務者が反社会的勢力でないことはその主債務者に関する事情の一つであって、これが当然に同契約の内容となっているということはできない。…

A社が反社会的勢力でないことというYの動機は、それが明示又は黙示に表示されていたとしても、当事者の意思解釈上、これが本件各保証契約の内容となっていたとは認められず、Yの本件各保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである

つまり、動機の錯誤(「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」新法95条2項)とは、黙示的に表示された場合を含む(最判平成元年9月14日)反面、一方的に表示しただけでは足りない場合もある(最判平成28年1月12日)。

ということで、今回は、動機の錯誤でした。

今回は、以上です。

これを書いたひと🍊

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