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消滅時効の起算点~じん肺罹患による損害賠償請求権/安全配慮義務違反(最高裁平成6年2月22日)

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消滅時効の起算点

民法判例百選Ⅰ[第8版] No.44
消滅時効の起算点~じん肺罹患による損害賠償請求権/安全配慮義務違反
(最高裁平成6年2月22日)

今回は、消滅時効の起算点です。

じん肺罹患による損害賠償請求権の消滅時効の起算点はどの時点か?

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判例の結論自体は、「じん肺罹患者の保護」の観点から「最も遅い時点」を消滅時効の起算点としたもので、納得しやすいもの、ということができます。

ただ、「消滅時効の起算点をめぐる統一的な判例理論」という観点からすると、少々考えさせられる、なかなか深い判例だなぁ、そういう印象の判例ではあります。

消滅時効の起算点:「権利を行使することができる時」

まず、消滅時効の起算点について、原則を確認しておきましょう。

原則規定は、166条1項です

(消滅時効の進行等)
第百六十六条 消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する

消滅時効の起算点は、「権利を行使することができる時」と規定されています。権利行使することができる状態にあるのだから、消滅時効は進行しちゃうよ。ほおっておくと消滅しちゃうよ。そんな趣旨ですね。

ここで、「権利を行使することができる時」とは、「権利行使を防ぐ法律上の障害がなくなった時」とされています。不知や病気などの権利行使を防ぐ事実上の障害は、時効の進行を止めないとされています。

期限の定めのある債権の場合

具体的にみると、 期限の定めのある債権の場合、期限の到来時から消滅時効は進行します。なぜなら、期限の到来時が、「権利行使を防ぐ法律上の障害(ここでは期限)がなくなった時」、つまり「権利を行使することができる時」だからです。

これは、確定期限であっても、不確定期限であっても、同じです。

期限の定めのない債権の場合

では、期限の定めのない債権の場合、どうなるのでしょう?

この場合、期限はないので、債権の発生と同時に権利行使が可能となります。初めから「権利行使を防ぐ法律上の障害がない」、つまり、いきなり、債権発生時が「権利を行使することができる時」となります。

したがって、原則として、債権の発生時から消滅時効は進行するのです。

例えば、不当利得返還請求権のような法定債権(契約によらない債権)は、期限の定めのない債権であり、債権の発生と同時に消滅時効は進行します。

ただし、例外があります。よく挙げられるのが、次の3つですね。

  1. 返済時期を定めない消費貸借
  2. 債務不履行による損害賠償請求権
  3. 不法行為に基づく損害賠償請求権

ご使用のテキスト等に、まとまっていることとおもいます。

例外1、返済時期を定めない消費貸借のポイントは、「相当期間経過後」です。591条にあります。

(返還の時期) 第五百九十一条  当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。 2  借主は、いつでも返還をすることができる。

返済時期の定めがない以上、貸主は、すぐにでも返せといえます。いえますけど、借主としては、お金を用意するのに多少の時間を必要とします。お金がないから借りてる、ということもあるでしょうから。。

そこで、借主がお金を用意するための一定の猶予期間として、貸主は、「相当の期間を定めて」返還の催告することが必要とされ、したがって、貸主は、「相当期間経過後」に初めて、さあ返せと、権利行使できることになります。

ポイントは、「相当期間経過後」です。

例外2、債務不履行による損害賠償請求権。

これは、本来の債務が損害賠償請求権に転化したものにすぎないから(債務の同一性の法理)、本来の債務の履行を請求できる時から消滅時効が進行するとされています。

同じ一本の債務が名前を変えてるだけ(例えば、10万円の物を給付する債務を履行できないので代わりに10万円のお金を損害賠償として給付する)、その一本の権利の「権利行使できる時から」消滅時効は進行します。

ただ、これを形式的にあてはめると、不合理な結論になるので困った。。それが、今回の判例です。後述します。

例外3、不法行為に基づく損害賠償請求権は、724条です。

(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限) 第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

不法行為に基づく法律関係というのは、未知の当事者間に予期しない事情に基づいて、突発的に発生したりします。加害者の名前も住所も分からない。

それなのに、債権発生と同時に、つまり、不法行為による加害を受けたと同時に、被害者の損害賠償請求権の消滅時効が進行してしまうとしたら。。

しかも、法律関係の早期安定という趣旨から、3年という短期の消滅時効にかかってしまう。。それは、被害者保護という観点からいって、とても不合理なことです。

そこで、不法行為による損害賠償の請求権は「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から」消滅時効の進行を開始します。知らないと権利行使しようがないですものね。判明して初めて、権利行使することができるといえます。

消滅時効の起算点の具体例は、たくさんあります。

覚えるコツは、決して暗記しないこと。何度も納得すること。何度も何度も。そうすると、忘れてしまっても、記憶を引っ張りだすことができるようになります。暗記では、忘れたらおしまいですからね。

民法の知識量は膨大です。暗記で対応できる量ではありません。時間をかけてでも、納得すること。それが、結果的に、試験直前に無理やり頭に詰め込む知識量を減らすコツ、だとおもいます。 ご使用のテキスト等にまとめてあるものを、何度も納得して、詰め込む知識を減らしていってくださいね。

ここでは、例外2、債務不履行による損害賠償請求権の、さらに例外的な場面である今回の判例をみていきます。

じん肺被害のような潜在的進行性疾患で、発病までに長い時間を要する場合の、安全配慮義務違反を理由をする債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点についての判例です。

事案

鉱山の元労働者であるXら63名は、炭鉱での労働の過程でじん肺症に罹患したとして、使用者Yを相手取って、安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を請求しました

そんな事案です。

債務不履行による損害賠償請求権ということは、本来の債務が損害賠償請求権に転化したものにすぎないから(債務の同一性の法理)、「本来の債務の履行を請求できる時から」消滅時効が進行する。でしたね。

でも、そうすると、今回の判例の事案のように、安全配慮義務違反を理由をする債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点については、本来の債務、つまり、安全配慮義務の履行を請求できる時ということになり、退職後に発症、損害が発生したような場合には、安全配慮義務の履行を請求できたのは退職時が最後である以上、最も後ろにもってくるとしても、退職時を消滅時効の起算点として、10年で消滅時効が完成する、となってしまいます。

しかし、じん肺被害のような潜在的進行性疾患で、健康被害が顕在化しないまま、退職後10年経って被害が顕在化した場合には、もはや損害賠償請求権は時効消滅してしまっているというのでは、被害者にとってあまりに酷というべきです。

そこで、損害の発生時を起算点とすべきではないかという下級審での判例がみられるようになり、最初の行政上の決定の日を起算点とすべきだとか、いや、最終の(最も重い)行政上の決定の日を起算点とすべきだとか、判例は割れていました。そんな中で、潜在的進行性疾病であるじん肺の特質を考慮しつつ、下級審で割れていた判例法理の統一的見解を示したのが、本判例です。

判旨

雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解され(最高裁昭和四八年( オ)第三八三号同五〇年二月二五日第三小法廷判決)、 右一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。

そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきところ、じん肺に罹患した事実は、その旨の行政上の決定がなければ通常認め難いから、本件においては、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したものということができる。

しかし、このことから、じん肺に罹患した患者の病状が進行し、より重い行政上の決定を受けた場合においても、重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が、最初の行政上の決定を受けた時点で発生していたものとみることはできない。すなわち、前示事実関係によれば、じん肺は、肺内に粉じんが存在する限り進行するが、それは肺内の粉じんの量に対応する進行であるという特異な進行性の疾患であって、しかも、その病状が管理二又は管理三に相当する症状にとどまっているようにみえる者もあれば、最も重い管理四に相当する症状まで進行した者もあり、 また、進行する場合であっても、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けてからより重い決定を受けるまでに、数年しか経過しなかった者もあれば、二〇年以上経過した者もあるなど、その進行の有無、程度、速度も、患者によって多様であることが明らかである。そうすると、例えば、管理二、管理三、管理四と順次行政上の決定を受けた場合には、事後的にみると一個の損害賠償請求権の範囲が量的に拡大したにすぎないようにみえるものの、このような過程の中の特定の時点の病状をとらえるならば、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しているのか、固定しているのかすらも、現在の医学では確定することができないのであって、管理二の行政上の決定を受けた時点で、管理三又は管理四に相当する病状に基づく各損害の賠償を求めることはもとより不可能である

以上のような じん肺の病変の特質にかんがみると、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、したがって、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたとみることは、じん肺という疾病の実態に反するものとして是認し得ない。これを要するに、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するものと解するのが相当である

 

(雇用) 第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

安全配慮義務というのは、雇用契約という特別な社会的接触関係に入った当事者間において、契約上の付随的義務として信義則上負う義務をいう、とされています。 具体的には、雇用契約において、使用者は、労務の提供の場所・設備等につき、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負う、とされます。

このような安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権は、単に、本来の債務が転化したものではなく、いわゆる「拡大損害の場面」であるといえます。

したがって、ここでは、(債務の同一性の法理)を使うことはできず、例外2のように、「本来の債務が損害賠償請求権に転化したものにすぎないから、本来の債務の履行を請求できる時から消滅時効が進行する」とはいえないことになります。

そこで、本判例はどういっていたかというと、

一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべき

そして、

重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、・・・これを要するに、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するものと解するのが相当である

と判示しました。

まとめ

今回の判例は、結論自体は、被害者保護の観点から、消滅時効の起算点を最終の時点まで下げたというもので、納得しやすく、記憶に残すことも楽にできるとおもいます。

ただ、よくよく考えてみると、なかなか深い判例だなぁというのが僕の印象です。

今回は、以上です。

これを書いたひと🍊

 

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