時効

時効完成後の債務承認/時効援用権の喪失(最高裁昭和41年4月20日)

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時効援用権の喪失

民法判例百選Ⅰ[第8版] No.43
時効完成後の債務承認
(最高裁昭和41年4月20日)

〈時効の完成を知った〉時効援用権者がとる態度は..

時効援用権を行使して時効の利益を受けるか」

それとも「時効の利益を放棄するか」。

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時効の利益の放棄

時効援用権を行使する場合の、「援用権者の範囲」についての判例は、前回、扱いました。

時効の利益の放棄については、146条という規定があります。

(時効の利益の放棄)
第百四十六条  時効の利益は、あらかじめ放棄することができない

「あらかじめ」時効の利益を放棄できるとすると、力関係で優位に立つ債権者によって、契約時に「あらかじめ」時効の利益の放棄を強制されるであろうことは、容易に想像できるところです。

これでは、時効制度は無意味化してしまいます。

そこで、わざわざ、民法は、「あらかじめ」の時効の利益の放棄を無効と定めました。

146条の反対解釈として、時効完成「後」の時効の利益の放棄は許されます

当然ですよね。

時効完成の効果は、当事者の援用によって初めて発生します(145条)。

(時効の援用)
第百四十五条 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

時効の利益を受けるか否か、当事者の意思を尊重するのが民法の立場でした。

時効の完成後、「時効援用権を行使して時効の利益を受けるのか」それとも「それを潔しとせず、時効の利益を放棄してしまうのか」、当事者の意思が尊重されることになります。

「時効利益の放棄」とは、具体的には、時効の完成を知りつつ、債務者が「債務の承認」をしたり「任意に債務の弁済」をするような場合をいいます

 

以上は、時効援用権者が《時効の完成を知っていた》場合の話になります。時効完成を知った上で、「時効を援用する」「時効の利益を放棄する」、そういう場合です。

時効の完成を知らずに..

では、時効援用権者(である債務者)が《時効の完成を知らずに》債務の承認をしたり弁済をしてしまった場合、どうなるのでしょう?

その後で、「時効が完成していたので、やっぱり時効を援用しまぁす」とか、「弁済したお金やっぱり返して」とか言えるのでしょうか?

ちょっとそれは自分勝手すぎるんじゃない。。そんな感じがしますよね。

判例も、このような場合、「信義則上、もはや債務者は時効の援用をすることはできない」としています(時効援用権の喪失)。それが今回の判例です。

(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない
3  権利の濫用は、これを許さない。

今回の判例をみていきましょう。

事案

時効の完成後に、債務者は、時効の完成を知らないまま、次のような手紙を債権者に送ることで、債務の承認をしています。

手紙「本件借金を元本だけに減額してもらいたい。そうしてくれると、同年中に分割払いで返済できます。」

このような事情のもと、債権者が強制執行してきたのに対して、債務者は消滅時効を理由として請求異議の訴えを提起しました。

そんな事案です。

判旨 

案ずるに、債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が商人の場合でも、消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から右承認は時効が完成したことを知つてされたものであると推定することは許されないものと解するのが相当である。したがつて、右と見解を異にする当裁判所の判例(昭和三五年六月二三日言渡第一小法廷判決、民集一四巻八号一四九八頁参照)は、これを変更すべきものと認める。しからば、原判決が、上告人は商人であり、 本件債務について時効が完成したのちその承認をした事実を確定したうえ、これを前提として、上告人は本件債務について時効の完成したことを知りながら右承認をし、右債務について時効の利益を放棄したものと推定したのは、経験則に反する推定をしたものというべきである。 

しかしながら、債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、 相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろらから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。そして、この見地に立ては、前記のように、上告人は本件債務について時効が完成したのちこれを承認したというのであるから、もはや右債務について右時効の援用をすることは許されないというわざるをえない。

まず、判旨の前半部分で、「推定することは許されない」とかいっています。ん?とおもいますよね。

この部分は、従来の判例の論理構成を変更した部分です。

従来の判例は、時効の完成を知らずに債務の承認をした場合であっても、商人ならそれくらい知ってるのが当然だとして、時効完成を知っていたものと推定して(反証もほとんど許さず)、時効完成を知りつつ債務の承認をしたといえるから、それは時効の利益を放棄したのだと推定する、という強引な論理をとっていました。

無茶なことしてましたよね。。

時効の利益の「放棄」といえるには、時効完成を知っていることが必要です。時効完成を知りつつ、「その利益を受けるのを潔しとしない」「放棄します」、それが放棄です。時効完成を知らないのに、放棄したものと推定するなんて、許されません。

当然の批判を受けて、従来の判例の論理を変更したのが、本判例の前半部分というわけです。

ただ、論理構成は変更したものの、「債務の承認後、もはや時効の援用はできない」という結論自体は維持しました。

時効援用権の喪失

どんな論理をとったかというと、「信義則」を使いました。

(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない
3  権利の濫用は、これを許さない。

債務の承認をした後に、「やっぱり債務は時効消滅していたから払いません」というのは、自己の言葉に反する行為といえます。これは、信義則、もうちょっと言えば、禁反言の法理に反するとされても仕方ありません。

禁反言の法理(きんはんげんのほうり、英語:estoppel、エストッペル)とは、一方の自己の言動により他方がその事実を信用し、その事実を前提として行動した他方に対し、それと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる、という法である。(ウィキペディアより)

自分の言動と矛盾する主張は禁止される。そんな法理です。

 

判旨をもう一度、みてみましょう。

・・・けだし、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、 相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろらから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。

まとめ

〈債務者が完成した時効の利益を失う場面〉として、2つを挙げることができます。

1つめは、《時効の完成を知った上で》、時効の利益を放棄する場合です(146条の反対解釈)。

2つめは、《時効の完成を知らなかったときでも》、債務の承認行為をしたことにより、信義則上、時効援用権を喪失する場合です。

今回の判例は、後者について、従来の判例の論理を変更したものの、「もはや債務者が時効の援用をすることは許されない」という結論自体は維持した、そんな判例になります。

今回は、以上です。

これを書いたひと🍊

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