民法判例百選Ⅰ[第9版] No.53
時効取得と登記
時効完成前の譲受人
(最高裁昭和46年11月5日)
今回は、〈時効取得と登記〉です。
〈時効取得と登記〉とは、例えば、「Aが甲土地を所有していたところ、権限の無いXが甲土地を所有の意思をもって占有し、占有を継続していました。その状況で、一方で、時効が完成してXが甲土地を時効取得し、他方で、Aから第三者Yへ甲土地が譲渡された、その場合における、XY間の法律関係の処理をどうするか」そんなお話です。
ここも、諸説入り乱れ、判例への厳しい批判もあるところですけど、やはり、判例でいきましょう。判例にこだわり続けることで、民法全体を通した、一貫性のある、筋の通った理解を習得することが可能となります。
実務は判例で動いています。判例を100%にすること。その一点に集中することをオススメします。
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二元的な枠組み
〈時効取得と登記〉について、判例はどう処理しているか?
ここでも、第三者Yの登場が「時効取得の完成前か完成後か」、《二元的な枠組み》で処理しています。
《二元的な枠組み》による処理は、前々回の〈法律行為の取消しと登記〉、前回の〈解除と登記〉でも判例の採用する方法ですけれど、今回の〈時効取得と登記〉の場面では、「時効完成"前"の第三者」について、右の2つの場面とは異なる、特殊な処理をしています。
「法律行為の取消前の第三者」「解除前の第三者」では、第三者の保護は、「第三者を保護する特別な規定によって図られる」そんな処理方法でした。(96条第3項の適用、545条1項但書の適用)
これに対して、「時効取得完成前の第三者」では、実は、”第三者”という概念はでてきません。「時効取得完成前の第三者」とは、時効取得完成時の所有者であり、時効取得により権利を失う”当事者”なのです。時効取得したXは、”当事者”であるYに対して、時効取得を、登記などなくても対抗できます。だって、当事者同士ですから。
というわけで、〈時効取得と登記〉の場面では、《二元的な枠組み》による処理といっても、実際に問題となるのは、「時効取得完成後の第三者」のみ、ということになります。そして、その処理方法については、〈法律行為の取消後の第三者〉《解除後の第三者〉と全く同じ。177条の適用により処理をします。その際のキーワードとなるのが、”登記可能性”でしたね。
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では、順次みていきましょう。
「時効取得完成前の第三者」は時効取得の当事者である
今回の判例の事案になります。
〇 事案 〇
二重譲渡の事案において、第1の買主Xが占有を開始した後、第2の買主Y1が先に登記を具備、その後も不動産の占有を継続した第1の買主Xに時効取得が完成、不動産を時効取得しました。
ただ、時効の完成前に、第2の買主Y1から第三者Y2に不動産が譲渡されていて、その移転登記もされていました。
Xは、Y2に対して、不動産の所有権に基づいて、所有権移転登記手続を求めて提訴しました。
そんな事案です。
〇 判旨 〇
不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない。当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。したがつて、第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法一六二条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である(最高裁判所 昭和四〇年(オ)第一二六五号、昭和四二年七月二一日第二小法廷判決、民集二一 巻六号一六四三頁参照)。
してみれば、上告人Xの本件各土地に対する取得時効については、上告人Xがこれを買い受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題のまだ起きていなかつた当時に取得した上告人の本件各土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもつて、善意で始められたものと推定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、 上告人Xは、その占有を始めた昭和二七年二月六日から一〇年の経過をもつて本件各土地の所有権を時効によつて取得したものといわなければならない(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人Y2は物権変動の当事者であるから、上告人Xは被上告人Y2に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)。
「時効取得完成前の第三者」は、「時効取得完成時の所有者」であり「時効取得により権利を失う"当事者"」だから、時効取得したXは、"当事者"であるY2に対して、時効取得を、登記などなくても対抗できます。(登記は不動産取引の安全を図るための"第三者対抗要件"だからです)
判旨の最後の赤字部分、
(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人Y2は物権変動の当事者であるから、上告人Xは被上告人Y2に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)
当事者同士ですから。。
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なお、時効取得の完成の前と後でおおきく処理方法が異なる以上、「時効の完成時点」を固定する必要があります。「時効の完成時点」が定まらない状態では、どちらの処理方法をとればよいのか、わかりませんからね。
「時効の完成時点」を固定するとは、遡れば、「時効の起算点」を固定することです。
「時効の起算点」について、判例は、「占有の開始時に固定される」としています(最判昭和35年7月27日)。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
所有の意思をもって、善意無過失で、十年間、他人の物を占有した者は、その所有権を時効取得します。
十年間という期間は、「占有を開始した時」から計算する。つまり、十年間という時効期間の起算点は、「占有を開始した時」である。当然のことといえば当然のことです。普通、そう考えます。判例も、そうだと、明言しました。
なぜ、こんな当たり前のことを確認するのかというと、起算点をめぐって諸説あるからに他なりません。二重譲渡の事案では、「第2の買主が登記を具備した時が起算点だ」とする見解もあります。
この点にも関連して、判旨の冒頭で、!??なことに触れられています。
不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない。
不完全物権変動説ですね。二重譲渡なんてなぜできるのか?第1の買主に譲渡したら、売主は無権利者になって、さらに、二重に譲渡なんてできないはずでは?そんな疑問にこたえる法律構成として、現在、一般的に前提とされている考えが、「登記が具備されるまでは、物権変動は不完全にとどまっている」そんな考え方です。
その上で、
当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。
第2の買主が登記を具備すると、「完全な所有権」を取得することになります。その場合の所有権は、「売主から第2の買主に直接に移転」します。「売主から第1の買主に移転して、第2の買主が登記を具備することで、第1の買主にあった所有権が第2の買主に移転する」、そんな変なことにはなりません。
第2の買主が登記を具備した場合、所有権は、「売主から第2の買主に直接移転」します。
第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。
ここは、しっかりと確認しておきましょう。
だからこそ、「第1の買主は、占有の当初から、「他人の物」を占有していた」といえるわけです。それゆえ、「占有の開始時」を時効期間の起算点とすることに問題はない、そういうことになります。
第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、"その時から"民法一六二条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうる
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このように、判旨の冒頭で、「二重譲渡における所有権移転が、どのように誰と誰との間で起こるのか」について触れているのは、結局、「第1の買主の占有が、当初から「他人の物」の占有であり、したがって、時効の起算点は、「占有の開始時」に求めても問題ない」、それを、念の為に、確認したもの、といえます。
(念の為に、と書いたのは、判例は、「自己の物」の時効取得を認める立場だからです~No44、自己の物の時効取得。あえて、「他人の物」であることを確認しなくても、時効取得は認められるけど、条文上は「他人の物」とある以上、念の為、当初から「他人の物」の占有であることを確認しておいた、そういう意味です。)
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「時効取得完成後の第三者」
これに対して、「時効取得完成後の第三者」については、「時効取得による物権変動」と「第三者への物権変動」とを対抗関係とみて、177条の適用により処理しています(大連判大正14年7月8日)。
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
177条で処理するということは、悪意の第三者であっても、登記を先に備えることで所有権取得を確定できてしまうことを意味します(背信的悪意者は除く~民法177条「第3者」とは?基本は正確に!というお話。)。
「時効取得完成前の第三者」は、時効完成時の当事者だから、時効取得した第1の買主は、登記などしなくても時効取得を対抗できました。
これに対して、
「時効取得完成後の第三者」に対しては、時効取得による物権変動を登記しない限り、時効取得の効果を対抗することができません。悪意の第三者であっても、先に登記を備えられてしまうと、もう時効取得による物権変動を対抗できなくなってしまいます。
時効取得完成後は、いわば、「第三者と登記の先後をめぐって競い合う関係にはいる」そんなことになってしまいます。
177条の適用可能性~登記可能性
「時効取得完成後の第三者」を、177条の適用により処理している、その根拠はどこにあるのでしょう?
キーワードとなるのが、”登記可能性”です。
「時効取得完成後の第三者」との法律関係を、なぜ177条の適用により処理できるのか?
それは、時効取得をした第1買主は、時効取得以降は、「その旨の登記を備えることが可能な状態となる」からです。
「時効取得によって、所有権を取得した」つまり「不動産に関する物権の変更を生じた」ということです。
「不動産に関する物権の変更を生じた」、その時は、「登記による公示をすることで、みんなにわかるようにしてくださいね、不動産取引の安全を図るためにね。登記をしないでいると、権利を第三者に対抗できませんよ、はやく登記をした方がいいですよ。」こんな感じで、なかば登記を強制するかたちで、登記制度によって不動産取引の安全を図ろうとしている、これが〈177条の法意、趣旨〉です。
「登記可能な状態にある」以上、不動産取引の安全を図るため、「登記の先後をめぐって競い合う対抗関係」つまり、177条にのせられて処理されてもやむを得ない。そういえます。
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まとめ
〈時効取得と登記〉の処理についてみてきました。
第三者の登場が時効取得の完成前か完成後か。つまり、「完成前の第三者」か「完成後の第三者」か。
ここでも、《二元的な枠組み》で処理します。
ただ、〈法律行為の取消しと登記〉〈解除と登記〉と異なるのは、「時効完成前の第三者は時効の当事者である」という特殊性にありました。
「時効完成後の第三者」については、〈法律行為の取消しと登記〉〈解除と登記〉と同じ処理方法となります。
このような判例の処理方法は、結局のところ、「177条の適用により処理するのが妥当な場面か」「177条の適用可能性の問題」にいきつくとおもいます。その際のキーワードとなるのが、”登記可能性”となります。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊