不動産物権変動 物権法

民法177条の第三者の範囲~背信的悪意者からの転得者(相対的構成)をわかりやすく(最高裁平成8年10月29日判決)

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背信的悪意者からの転得者

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.58
民法177条の第三者の範囲
背信的悪意者からの転得者
(最高裁平成8年10月29日)

「民法177条の第三者の範囲」のお話。

今回は、その第二回。

「背信的悪意者からの転得者」です。

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前回は、「背信的悪意者」について、書きました。

こんな事案でした。

「不動産の二重譲渡の場面において、第一譲受人が登記を未了の間に、第二譲受人が先に登記を完了。ところが、第二譲受人は背信的悪意者であった。」

この場合に、登記のない第一譲受人は、不動産の所有権取得を、第二譲受人に対抗することができるか?

そんなお話でした。

ざっとおさらいしておきますと、、

背信的悪意者

まず、第一譲受人、第二譲受人ともに、売買契約により、不動産の所有権を取得しています。(555条176条)

(売買)
第五五五条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる

(物権の設定及び移転)
第一七六条 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる

でも、その所有権取得は、登記をしなければ、「第三者」に対抗することができません。(177条 対抗要件主義)

(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条  不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない

つまり、登記を未了の第一譲受人は、不動産の所有権取得を、「第三者」に対抗することができない。

つまり、第二譲受人が「第三者」にあたるときは、登記のない第一譲受人は、その所有権取得を、第二譲受人に対抗することができない。そうなります。(詳しくは、民法177条「第3者」とは?基本は正確に!というお話。

ただし、「第三者」には、「背信的悪意者」は含まれません。

つまり、第二譲受人が、「背信的悪意者」と認められるときは、第二譲受人は「第三者」にあたらず、第一譲受人は、登記なくても、その所有権取得を、第二譲受人に対抗することができる。そういう結論になりましたね。(詳しくは、民法177条の第三者の範囲(1)~背信的悪意者

今回は、上の事案に加えて、さらに、「背信的悪意者からの転得者」が登場してきます。

事案を、みてみましょう。

事案

所有者甲から乙が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙が同不動産を甲から買い受け、先に登記を完了しました。

ところが、丙は「背信的悪意者」にあたり、乙の登記欠缺を主張する正当な利益を有する「第三者」にあたりませんでした。

そういう事情のもと、さらに、背信的悪意者丙から転得者丁が同不動産を買い受けて、登記を完了しました。

そんな事案です。

(なお、第一譲受人は松山市でした。また、本件土地は、市道敷地として一般市民の通行の用に供されているものでした。)

この場合、第一譲受人乙は、登記なくても、不動産の所有権取得を、「背信的悪意者丙」に対抗することができます。

では、登記のない第一譲受人乙は、不動産の所有権取得を、「背信的悪意者丙からの転得者丁」に対しても対抗することができるでしょうか?

判旨を、みてみましょう。

判旨

E産興の代理人G(第二譲受人)は、現地を確認した上、昭和五七年当時、道路でなければおよそ六〇〇〇万円の価格であった本件土地を、万一土地が実在しない場合にも代金の返還は請求しない旨の念書まで差し入れて、五〇〇万円で購入したというのであるから、E産興(第二譲受人)は、本件土地が市道敷地として一般市民の通行の用に供されていることを知りながら、被上告人(第一譲受人)が本件土地の所有権移転登記を経由していないことを奇貨として、不当な利得を得る目的で本件土地を取得しようとしたものということができ被上告人(第一譲受人)の登記の欠缺を主張することができないいわゆる背信的悪意者」に当たるものというべきである。したがって、被上告人(第一譲受人)は、”E産興(第二譲受人)に対する関係では”、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったといえる

『所有者甲から乙(第一譲受人)が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙(第二譲受人)が当該不動産を甲から二重に買い受け、更に丙から転得者丁が買い受けて登記を完了した場合』にたとい丙が背信的悪意者に当たるとしても”転得者丁は、乙に対する関係で”転得者丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り”、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(一) 丙が背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、乙は、丙が登記を経由した権利を乙に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙に対抗することができるというにとどまり、甲丙間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、また、 (二) 背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである

丙は「背信的悪意者」にあたる

判旨の前段では、第二譲受人丙が「背信的悪意者」にあたり、177条「第三者」にあたらないと認めて、したがって、「第一譲受人乙は、丙に対する関係では、登記がなくても、所有権取得を対抗することができる」といっています。

「背信的悪意者丙からの転得者丁」の法的地位

判旨の後段では、「背信的悪意者からの転得者」の法的地位について言及しています。

まず、「背信的悪意者」とは、「物権変動があった事実を知る者において、登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合」でした。

つまり、「背信的悪意者」が「第三者」から排除される根拠は、"信義則"にあります。

判旨でも、

(二) 背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにある

(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない
3  権利の濫用は、これを許さない。

1条2項に「権利の行使・・は、信義に従い誠実に行わなければならない」とあります。

権利はあっても、その行使に際しては、信義則に反してはいけない。

これを、「背信的悪意者」にあてはめてみると、、

「背信的悪意者」は、登記も完了していて、客観的には、正当な権利はあるといえる。でも、その権利を行使して、登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することは、その取得の経緯等に照らし信義則に反して許されない

したがって、「背信的悪意者」は、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する「第三者」に当たらず、登記のない第一譲受人から所有権取得を対抗されてしまう。そうなります。

つまり、「背信的悪意者」は、客観的には、無権利者ではないのです。元の所有者甲と背信的悪意者丙との契約自体が無効になるわけではありません。売買契約自体は有効に成立している。けれど、「その権利を第一譲受人に主張することは、その取得の経緯等に照らし信義則に反して許されない」というにとどまります。

したがって、「背信的悪意者からの転得者」も、有効に、所有権を取得することができます。

判旨でも、

(一) 丙が背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、乙は、丙が登記を経由した権利を乙に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙に対抗することができるというにとどまり、甲丙間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって

とすると、「背信的悪意者からの転得者」が「第三者」にあたるときは、登記のない第一譲受人は、その所有権取得を、転得者に対抗することができないことになる。

ただし、転得者自身が、「背信的悪意者」にあたるときは、「第三者」にあたらず、 第一譲受人は、登記がなくても、その所有権取得を、転得者に対抗することができることになる。

そういう流れになります。

これは、つまり、”信義則違反”というのは、ある者とある者との間で、対人的に、相対的に判断される事柄である、ということです。

「第一譲受人乙との関係で、第二譲受人丙が乙の登記の欠缺を主張すること」は、その取得の経緯等に照らし信義則に反する。すなわち、丙は、「背信的悪意者」にあたる。

だとしても、

「第一譲受人乙との関係で、転得者丁が乙の登記の欠缺を主張すること」が、信義則に反するか否かは、第一譲受人乙と転得者丁との間で、具体的な事情に照らし、(丙とは別に)相対的に判断される。

判旨も、次のようにいっています。

(二) 背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである

判旨の結論を、もう一度確認します。

たとい丙が背信的悪意者に当たるとしても転得者丁は、乙に対する関係で転得者丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができるものと解するのが相当である

まとめ

「背信的悪意者排除論」の根拠は、”信義則”にありました。

”信義則違反”というのは、対人的、相対的に判断される事柄です。

言い換えると、契約自体を絶対的に無効にする効力まではない、といえます。

したがって、「背信的悪意者にあたるか否か」は、各人について、具体的な事情に照らして、相対的に判断していく。

第二譲受人が、第一譲受人との関係で、「背信的悪意者」にあたったとしても、それとは別に、さらに、転得者について、第一譲受人との関係で、「背信的悪意者にあたるか否か」を相対的に判断する。

そういう処理になります。

今回は、以上です。

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