不動産物権変動 物権法

登記のない通行地役権(民法280条)と承役地の譲受人をわかりやすく(最高裁平成10年2月13日判決)

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登記のない地役権

民法判例百選Ⅰ[第9版] No.59
登記のない地役権と承役地の譲受人
(最高裁平成10年2月13日)

今回は、「登記のない通行地役権」を「承役地の譲受人」に対抗できるか?

そんなお話です。

地役権?大丈夫。177条の判例です。

これまでみてきた基本に、〈通行地役権〉の特殊性から「ちょっとしたアレンジが加えられている」そんな内容の判例です。

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さっそく、事案からみていきましょう。

事案

甲土地の所有者Aは、隣接する乙土地(所有者B)に「通行を内容とする地役権」を設定して通行していたところ、乙土地の所有権がBからCに譲渡され、所有権の移転登記もされました。

Aの通行地役権は、未登記です。

この場合、Aは、地役権の登記なくても、乙土地の譲受人Cに、地役権を対抗することができるか?

そんな事案です。(単純化してあります)

議論の大まかな流れをみておきますと・・

地役権も物権である以上、177条の適用があります。

(地役権の内容)
第二百八十条  地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし、第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。

(不動産に関する物権の変動の対抗要件)

第百七十七条  不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない

つまり、地役権の設定をしたら、その旨、登記しなければ、「第三者」に対抗することができません。

つまり、上の事案で、乙土地の第三取得者Cが177条の「第三者」にあたるときは、「地役権の登記をしていないAは、その地役権をCに対抗することができない」そういう結論になります。

Cは、177条の「第三者」にあたるのでしょうか?

では、基本から、丁寧にみていくことにしましょう。

民法177条の適用

公示制度とは

177条の公示制度とは、

「物権の設定や変動があったらみんなに分かるようにその旨登記をして公示してくださいね。登記をしないでいると権利を第三者に対抗できなくなりますよ」というものです。

逆にいえば、「登記をしてしまえば、権利を第三者にも対抗できるようになってもう安心!」といえます。

これにより、安心して不動産取引をすることが可能となり、円滑な不動産取引が実現されるのです。

条文上は「登記をしないと、権利を第三者に対抗できない」となっています。つまり、「登記をしないと、権利主張できなくなる」というペナルティーを与えることで、半ば登記を強制しているのです。登記をするには登録免許税などお金がかかるので、そうでもしないと誰も登記なんてしないからです(^.^;

これを上の事案でみてみましょう。

Aは、乙土地に通行地役権という物権を「設定」しているので、その旨第三者にもわかるように、登記して公示する必要があります。

乙土地の第三取得者にとって、「乙土地が通行地役権の制約のある土地か否か」は重大な関心ごとですから、公示してわかるようにしておく必要があるのです。

事案のAは、未登記なので、原則的には、地役権の設定を「第三者」に対抗できません。つまり、乙土地の第三取得者Cが177条の「第三者」にあたるならば、「未登記のAは、地役権をCに主張できない」ということになります。

民法177条の「第三者」とは

判例の定義

では、Cは、177条の「第三者」にあたるでしょうか?

そもそも、「第三者」とは?

「第三者」を文字通りに解釈すると、当事者以外はすべて第三者です。でも、通りがかりのなんの関係もない人まで「第三者」にあたる、という必要はありませんよね。未登記なので通りがかりのひとに権利を対抗できない?通りがかりのひとに土地の所有権を対抗できないから土地を明け渡す?そんなわけないですよね。

そこで、「第三者」とはすべてのひとではなく、限定的に解釈する必要があります。

それを判例は、

当事者もしくはその包括承継人にあたらない者で、

登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者

といっています。小難しい言い回しですね。もっと分かり易い言葉で言えよ!そうツッコミたくなりますね。。

上の事例でいうと、Cが「第三者」にあたるためには、「Aの登記の欠缺(登記を欠いていること)を主張する正当な利益を有する者」である必要があるわけです。

では、「正当な利益を有する者」とはどんな人をいうのでしょう?わかるようでよくわからない表現ですよね。

「正当な利益を有する者」とは。。これは判例の蓄積によりそういうものかとわかる、そんな性質のものです。

では、判例はなんといっているのか?

視点として、

  • 客観的要件(第三者とされる者の有する権利もしくは法的地位)
  • 主観的要件(その主観的態様)

という区別された基準を用いることが、提唱されています。

つまり、「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」には、客観的要件(第三者とされる者の有する権利もしくは法的地位)として、「正当の権原に因らずして権利を主張する者」はあたらないとされています(大連41年12月15日)。

具体的には、不法占拠者はこれにあたらない、とされます(大判大正9年11月11日)。

不法占拠者は、その占有の継続を法的に承認されるような地位にありません。物権取得者の登記不存在を主張させて、明渡しの拒絶を認めてあげる必要などない。そういうことが、できそうです。

 

で、客観的要件を充たす者について、その次に問題となるのが、主観的要件(その主観的態様)になります。

判例は、

『単なる悪意者』は「第三者」つまり「正当な利益を有する者」にあたる

しかし、

『背信的悪意者』は「第三者」つまり「正当な利益を有する者」にあたらない。そういっています。

『悪意者』が「正当な利益を有する者」にあたる?はあ?ですよね。

ここで『悪意者』とは、法律用語で「事情を知っていた人」という意味ですね。事情を知らなかった人は、『善意者』。事情を知り得た人は、『有過失者』。特殊な用語ですね。

で、なぜ『悪意者』は「正当な利益を有する者」にあたるのか?事情を知っていたのに?

例えば、二重譲渡の事例で、すでにAに売却済の土地であることを「知っていたC」がさらに土地を買い受ける契約を結んで、Aより先に登記をしてしまった場合。

単に事情を知っていたにすぎない『単なる悪意者のC』は、「Aの登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」つまり「第三者」にあたるのです。未登記のAからすれば、『悪意者C』に自らの所有権取得を対抗できない、ということになります。

なぜ?

判例は、理由を明確に説明していません。

自由競争の範囲内?

範囲を逸脱?

学説で言われているのは次のようなことです。

資本主義の競争原理というやつです。つまり、資本主義の社会では、ある物件をめぐって他者より良い条件を提示して競うことが許される。二重譲渡の場合でいえば、、Cは、Aよりさらに良い買値を提示して競うことが許される。売主は、たとえすでにAに売却済であっても、Cから提示された買値がとても高くて契約済のAに違約金を支払ったとしてもまだCに売ったほうが得だ、というのであればCに売るでしょフツー。。Aは、すぐに登記をしておけば防げたわけで、登記を怠ったのだから仕方ないでしょ。。そんな趣旨のことです。登記できたのに怠ったAに対するペナルティーという意味合いも強いのかなと思います。

ただ、「資本主義の競争原理」とか「Aに対するペナルティー」とかいっても、Cがとっても悪い奴で、害意を持ってAに先んじて登記してしまってザマアミロとか笑ってるような奴の場合は、そんなCが「正当な利益を有する者」にあたるのか?おおいに疑問ですよね。

そこで判例は、『背信的悪意者』すなわち、物権変動があった事実を知る者において,登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、「正当な利益を有する者」つまり「第三者」にあたらない、といいます。

「資本主義の競争原理」という視点からは、『背信的悪意者』はもはや自由競争の範囲を逸脱している、といわれたりします。

(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない
3 権利の濫用は、これを許さない。

ここでも、『背信的悪意者』とは具体的にどんなひとをいうのか?は、判例の蓄積によります。

基準はあってないようなものですけど、あえて言えば、犯罪的な行為者でしょうか。例えば、詐欺的行為でAの登記をさせずにおいて自ら登記してしまうとか、Aの取引に関わりながら背信的に自ら登記してしまうとか。。

具体例は、テキスト等で確認してみてくださいね。お願いします。

⚪︎

で、以上のことを前提に最判平成10年2月13日の判例をみてみると、あれ?おかしくね?と思いますよね。

判旨をみてみましょう。

判旨

通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において 譲渡の時に、右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、 譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったとき譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠映を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。  (一) 登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しない者は、民法一七七 条にいう「第三者」(登記をしなければ物権の得喪又は変更を対抗することのできない第三者)に当たるものではなく、当該第三者に、不動産登記法四条又は五条に規定する事由のある場合のほか、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合には、当該第三者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない。  (二) 通行地役権の承役地が譲渡された時に、右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は、要役地の所有者が承役地について通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができ、ま た、要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無、内容を容易に調査することができる。したがって、右の譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らないで承役地を譲り受けた場合であっても、何らかの通行権の負担のあるものとしてこれを譲り受けたものというべきであって、右の譲受人が地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは、通常は信義に反するものというべきであるただし、例えば、承役地の譲受人が通路としての使用は無権原でされているものと認識しており、かつ、そのように認識するについては地役権者の言動がその原因の一半を成しているといった特段の事情がある場合には、地役権設定登記の欠缺を主張することが信義に反するものということはできない。  (三) したがって、右の譲受人は、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないものというべきである。なお、このように解するのは、右の譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではないから、右の譲受人が承役地を譲り受けた時に地役権の設定されていることを知っていたことを要するものではない。

これを本件について見ると、原審が上告人を背信的悪意者であるとしたことは、措辞適切を欠くものといわざるを得ないが、上告人が被上告人の通行地役権について地役権設定登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができる。

判旨は次のようにいっています。

通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地(上の事例の乙土地)が譲渡された場合において譲渡の時に、右承役地が要役地(上の事例の甲土地)の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないと解するのが相当である」

第三者である譲受人は「通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても」つまり善意者であっても!?、「地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない」といいます。

え?悪意者もOKだったはずでしょ?善意者でもダメなの??ですよね。。

この判例はとても特殊な判例です。通行地役権の特殊性による、ということのようです。

つまり、

通行地役権では、「自ら通路を開設して20年間継続的に通路として使用して地役権を時効取得」という判例がありましたね。

(地役権の時効取得)
第二百八十三条  地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。

通行するために通路を開設したりするんです。そうであれば、通行地役権が設定されている土地を買おうとする第三者には、通行地役権の存在は容易に分かると言えます。客観的に明らかじゃないかと。

そもそも登記をして公示をするのは、みんなにその旨わかるようにという趣旨でした。その趣旨からすれば、通行地役権の場合は、通路の開設等により地役権の存在は客観的にみんなにわかるようになっている、公示の趣旨を満たしている、と言えるじゃないかと。

つまり、登記されているのと同じではないかと。そういうことのようです。

もう一度判例をみてみますと、

譲渡の時に、右承役地(上の事例の乙土地)が要役地(上の事例の甲土地)の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは・・

つまり、客観的に第三者にも認識し得たという状態は、登記されているのと同じではないかと。であれば、第三者に対抗できる、第三者は対抗される、としても第三者には不意打ちとならないでしょと。客観的に明らかなのに、第三者に「登記してないじゃないか!」なんて言わせる必要ないでしょと。第三者は通行権の存在を容易に推認できるのに、「知らなかったよ」「通行地役権の登記してないんだから、私には対抗できないよ」そんな主張は信義に反し許されないでしょと。そういう特殊な判例なのです。

あえて一言で言えば、登記はないけど公示の趣旨は満たしているからOK。ってところです。

登記しているのと同じだから第三者に登記の欠缺を主張させる必要ないでしょ。そういうことです。

通行地役権の特殊な性質による、極めて特殊な判例といえそうです。

なお、判旨は、その根拠を、”信義に反する”つまり信義則に求めています。

ただ、信義則を根拠に「第三者」にあたらない、といっても、背信的悪意者のはなしではないことに注意です。

判旨は、「通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても」といっています。悪意でさえ不要といっています。

(三) したがって、右の譲受人は、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないものというべきである。なお、このように解するのは、右の譲受人がいわゆる背信的悪意者であることを理由とするものではないから、右の譲受人が承役地を譲り受けた時に地役権の設定されていることを知っていたことを要するものではない

つまり、「登記の欠缺を主張することが信義に反する者」とは、背信的悪意者のみならず、他の類型も含まれることが、本件判例により明らかになった、ということができます。

まとめ

今回の判例は、通行地役権の特殊な性質による、極めて特殊な判例でした。

177条の「第三者」にあたらないとする根拠を、信義則に求めています。でも、背信的悪意者のはなしではありません。注意しましょう。

今回は、以上です。

これを書いたひと🍊

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