民法判例百選Ⅰ[第9版] No.64
占有改定・指図による占有移転と
即時取得
(最高裁昭和35年2月11日)
今回は、「占有改定・指図による占有移転と即時取得」の判例です。
〈現実の引渡しのない意思表示のみによる簡易な引渡し〉である「占有改定」「指図による占有移転」が、即時取得の成立要件である「占有を始めた」に含まれるか?
そんなお話です。
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定義
占有改定とは、、
譲渡人が、動産の譲渡後も、引き続き占有し続ける場合(譲受人の代理人として占有を続ける場合)
をいいます。
(占有改定)
第百八十三条 代理人(*譲渡人のこと)が自己の占有物を以後本人(*譲受人のこと)のために占有する意思を表示したときは、本人(*譲受人のこと)は、これによって占有権を取得する。
指図による占有移転とは、、
(指図による占有移転)
第百八十四条 〈代理人によって占有をする場合〉において、本人がその代理人に対して以後第三者のためにその物を占有することを命じ、その第三者がこれを承諾したときは、その第三者は、占有権を取得する。
公信の原則
動産の即時取得について、確認をしておきましょう。
(即時取得)
第百九十二条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。
公信の原則(積極的信頼の原則)とは、対抗要件を伴った物権変動の外観が存在し、それを第三者が信頼した場合には実体的な物権変動が存在しなくてもその信頼を保護すべきという原則をいう
日本では動産物権変動については即時取得制度によって公信の原則が採用されている一方、不動産物権変動については不動産登記に公信力を認めなかったので民法第94条2項類推適用(権利外観法理)によって取引の安全を図っている。
不動産の場合
不動産では、公信の原則は採用されていません。なぜでしょう?..
公信の原則とは、真の権利者の帰責性を問わず、「第三者の信頼だけで所有権の取得を認めてしまうもの」です。
不動産は、価格が高く、生活や事業の基盤となっているものですから、「第三者の信頼だけ」で所有権の取得を認めてしまうことは、「取引の安全」は図られるとしても、「真の不動産所有者の被る不利益」があまりに大きすぎる、そういうことができます。
そのため、不動産に公信の原則の採用をすることは、できないのです。
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不動産における「取引の安全」は、権利外観法理によって図られます。
民法94条2項類推適用に代表される権利外観法理とは、「本人の利益(帰責性)と第三者の利益(信頼)とを比較衡量、天秤にかけるもの」でした。
一方で、「第三者の取引の安全」を、他方で、「本人の静的な安全」をはかる、そのバランスをどう図っていくか。そういうものでした。(詳しくは No.21~22 94条2項類推適用)
忘れてはいけないのが、権利を失ってもやむを得ない程の「本人側の帰責性」があるのか?という視点でしたね。
不動産では、「本人側の利益」も、充分に考慮にいれて、慎重に利益衡量することになります。
これに対して、
動産の場合
動産では、公信の原則が採用されています。
動産は一般に、不動産と比較して、価格が低く、取引も頻繁になされます。「真の権利者の被る損失」は比較的軽微で、他方、「取引の安全の要請」が強いといえます。
そこで、「動産取引の安全保護」を重視する観点から、「第三者の信頼だけ」で所有権の取得を認める制度である、即時取得の規定が設けられました。
とはいえ、全く「真の権利者の利益」を無視するわけにはいきません。
そこで、「真の権利者の利益」への配慮から、即時取得の要件として、第三者には、「前主の占有を信頼」しただけでなく、「動産の占有を始めた」ことが要求されています。
つまり、即時取得の要件である、第三者が「占有を始めた」こと、ここで、「真の権利者の利益」に配慮する。
この視点から、第三者に要求される「占有を始めた」こと、ここに、〈現実の引渡しのない意思表示のみによる簡易な引渡し〉である、「占有改定」「指図による占有移転」が含まれるか?問題となります。
みていくことにしましょう。
占有改定と即時取得
今回の判旨をみてみましょう。
〇 判旨 〇
無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法一九二条によりその所有権を取得しうるためには、「一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得すること」を要し、かかる状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方法による取得をもつては足らないものといわなければならない。
否定説ですね。
としたうえで、
と結論づけています。
第三者が「占有を始めた」こと、ここで、「真の権利者の利益」に配慮するのでした。
その点、「占有状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方法による取得」では、真の権利者は、それを認識することは、困難なことです。
それゆえ、占有改定による取得によって即時取得を認めてしまうと、次のような不都合が生じると指摘されています。
例えば、真の権利者(原所有者)が、動産の占有受託者(保管を頼まれたひと)に対して、動産の返還を求めた時、受託者が動産を現に所持するにもかかわらず、「第三者が占有改定により即時取得してしまったので、これはお返しできません。」そういって返還を拒否されてしまう。。おいおい、ですよね。
さらに、原所有者が、占有受託者から動産の返還を受けた後でも、ある日突然、第三者が訪ねてきて、「その動産は、私が占有受託者から譲り受けて、占有改定により即時取得したものです。返してください。」そんなことをいわれてしまう。。これでは、自分の手元に戻ってきてからも、安心していられませんよね。
このような事態を、即時取得されてしまっているという事態を、原所有者は、外観上、認識することが困難です。そんな事態が、法律上、認められるとしたら、動産の保管を頼んだり、動産を貸したり、そういうことは、こわくてできなくなってしまいます。それはまずいです。
「原所有者の利益」を考えれば、第三者に要求される「占有を始めた」とは、「原所有者にも認識可能な占有状態の変更」である必要があります。
判旨では、それを、「一般外観上、従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得することを要する」といっています。
「原所有者の利益」を考えれば、原所有者が認識困難な、占有改定による取得では足りないのですね。
判旨でも、「占有状態に一般外観上変更を来たさない、いわゆる占有改定の方法による取得をもつては足らない」と結論づけています。
指図による占有移転と即時取得
指図による占有移転とは、
(指図による占有移転)
第百八十四条 〈代理人によって占有をする場合〉において、「本人がその代理人に対して以後第三者のためにその物を占有することを命じ、その第三者がこれを承諾したとき」は、その第三者は、占有権を取得する。
そういうものでした。
ここでも、ポイントは、「真の権利者の利益」への配慮です。
有力な考え方として、〈原所有者と即時取得者の占有関係の密接度を、即時取得の成否の基準とすること〉がいわれています。
つまり、場面を分けて、
この場合、受託者Aは占有を失っており、「Aを媒介をする原所有者の占有」も完全に切断されているから、即時取得を肯定する、としています。
外観上、受託者のもとに、動産がありませんからね。原所有者の信頼は、形のうえでも裏切られていて、占有改定の場面のような、「受託者のもとにあるから即時取得されていないとおもっていたのに・・」という、「原所有者の信頼保護の要請」は働かない、といえそうです。
これに対して、
この場合は、動産は、受託者Aのもとにとどまったままです。
Bに占有改定による譲渡をしても、即時取得は否定されるのでした。「原所有者の利益」を考えれば、原所有者が認識困難な、占有改定による取得では足りないのでしたね。
さらに、BからYに譲渡されて、指図による占有移転がされたとしても、原所有者からみれば、動産は受託者Aのもとにとどまっていることに変わりはなく、単に、BがYに交代しただけといえます。「原所有者の利益へ配慮」という視点からは、占有改定の場面と変わるところがない、そういえます。
したがって、この場合は、即時取得は否定されています。
判例は、明確ではありませんが、1)の場合について、特殊事例ではあるようですけど、肯定したものがあるようです(最判昭和57年9月7日)。
判例も、2)の場合については、否定しています(大判昭和12年9月16日)。
まとめ
公信の原則を採用したとされる、動産の即時取得の制度。
「動産取引の安全の保護」を重視した制度といえます。
ただ、ポイントは、「真の権利者の利益」への配慮を忘れないこと、でした。
その視点から、即時取得の要件である「占有を始めた」に、「占有改定」や「指図による占有移転」を含めてよいのか?をみてきました。
不動産における、94条2項類推適用ほどではないものの、「本人(真の権利者)の利益」への配慮、「本人(真の権利者)の利益」と「第三者の利益」との調和をどう図っていくか、という視点。忘れないようにしましょうね。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊