民法判例百選Ⅰ[第9版] No.68
建築途中の建物への第三者の工事と
所有権の帰属
(最高裁昭和54年1月25日)
今回は、「建築途中の建物への第三者の工事と所有権の帰属」の判例です。
具体的には、「工事を途中で中止した下請負人と他の者に完成させた注文者との間の完成建物の所有権帰属はどうなるのか?」。
そんな、お話です。
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土地と建物は別個独立の不動産である
まず、議論のスタートとなる《原則》を確認します。
それは、、
《土地と建物は別個独立の不動産である》
という原則です。
あたりまえといえば、あたりまえですけど。。
(不動産及び動産)
第八十六条 土地及びその定着物は、不動産とする。
2 不動産以外の物は、すべて動産とする。
3 無記名債権は、動産とみなす。
《土地と建物は別個独立の不動産である》
その意味するところは、〈建物は土地に付合してしまうものではない〉ということです。
この原則から、〈新築建物の所有権は、土地提供者である注文者が、付合によって取得してしまうわけではない〉そういうことになります。
では、新築建物の所有権は、誰に帰属することになるのか?
一、請負契約の当事者間における建物所有権の帰属
まず、建物の完成を目的とする請負契約において、完成建物の所有権は、注文者と請負人のどちらに帰属するのでしょう?
(請負)
第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
請負契約における、制作物の所有権の帰属を決定する準則は、「材料主義」とされています。
つまり、「材料の全部または主要部分を提供した当事者に、制作物の所有権が原始的に帰属する」とされています。
「全部の材料を提供した人のモノでしょ」ということ。
例えば、
請負契約では、「引き渡しと報酬支払いが同時履行の関係」にあります。
(報酬の支払時期)
第六百三十三条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。
引き渡しを受けて、代金も支払った。その時に、完成建物の所有権は注文者に移る。
それはそうですよね。代金支払ったのだから所有権を移してもらわないと。。「いつ移るんだよっ、、」てことになってしまいます。
判例も同じ立場です。(大判大正3年12月26日など)
根拠条文として、637条1項の「目的物を引き渡した時から」の文言をあげています。
(請負人の担保責任の存続期間)
第六百三十七条 前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2 仕事の目的物の引渡しを要しない場合には、前項の期間は、仕事が終了した時から起算する。
それは、つまり、「目的物を引き渡した時」に注文者に所有権が移るからでしょ、といっているのですね。
で、「材料主義」によって完成建物の所有権の帰属が決定されるのですけど、、
もっとも、「当事者間に別段の意思表示(特約や暗黙の合意)があるときは、それに従う」とされています。
それは、「契約自由の原則」のもと、自由なのですね。
で、「材料主義」に戻って、
判例も、同じ立場です。(大判昭和7年5月9日など)
本件事案は、通常のケース、つまり、「請負人が建築材料の全部を提供して建物を建築した場合」なので、完成建物の所有権は、材料提供者である請負人に原始的に帰属することになります。
ただ、本件では、「請負人が複数登場」しています。
「最初の請負人」が途中までつくって、その後、「別の請負人」が引き継いで、建物を完成させています。それぞれ、自ら材料を提供して。。
さて、完成建物の所有権は、どちらに帰属するのでしょう?
両者には、契約関係はありません。別の業者さんです。
そこで、問題は、「契約関係がない者の間における建物所有権の帰属はどうなる?」となる。
二、契約関係がない者の間における建物所有権の帰属
この場合、契約関係の解釈によって決めることができないので、「民法の添付の規定の適用」によって、処理することになります。
場面を分けて、みてみましょう。
1、「既に独立した不動産と認められる未完成建物に、他の者が自らの資材で工事を加えて完成させた場合」
2、「未だ独立の不動産に至る前の工事部分(建前)に、他の者が自らの資材で工事を加えて完成させた場合」
ここで、「独立した不動産と認められる未完成建物」「建前」 という言葉がでてきます。
いつの時点をもって独立した不動産と認められるのでしょう?建前とはなんでしょう?
これについては、以前、No.11 建築中の建物 でみました。
建築中の建物が不動産となる時期
では、不動産となる時期とは、具体的に、いつの時点をいうのでしょう?
本判例が言っていることを、順を追って要約すると、
建物として不動産登記法により登記することができるに至ったときは、不動産の部類に入ったといえる。
登記することができるためには、完成した建物の存在を必要としない。
工事中の建物といえども、屋根および周壁を有し、土地に定着した一個の建造物として存在するに至っていれば足りる。床や天井はなくてもよい。
つまり、「屋根および周壁を有し、土地に定着した一個の建造物として存在するに至っていれば」独立の不動産といえる、と判示しました。
「床や天井はなくてもよい、屋根および周壁でOK」ってどんな状態でしょう?
これについては、『雨風が凌げる状態』とか『外気分断性』とか、いわれています。
ただ、本判例は、「住宅用建物」についての基準を示したもの、であることに注意です。
不動産として登記できる建造物のなかには、例えば、「壁のない立体駐車場やプラットフォーム」などもあり、「屋根と周壁」という『外気分断性』は、常に、不動産の要件となるわけではありません。
結局、〈独立の不動産と認められるか否か〉は、「建物の種別」に応じて、取引上の一般慣行等をも考慮しつつ、個々に判断されるべきもの、とされているようです。
建築途中の建物が、独立の不動産ではなかった場合
この場合は、まず、独立の不動産になる前の建築途中建物(いわゆる「建前」)の法的性質が問題となります。
法的性質なんていうと、難しそうですけど、要するに、「建前」って何だ?って話です。
不動産ではない。じゃあ、何だ?不動産ではないのなら、動産でしょ?はい、動産です。それでOKです。
学説のなかには、「「建前」は土地所有権に吸収(付合)されている」とみる説もあります。
しかし、「土地所有権に吸収されてしまう」とみるよりも、「「建前」は、材料を提供した人のもの、材料の提供者が「建前」の所有者である」とみるのが、自然だとおもいます。
本判例も、「建前は動産である」といっています。
これを前提として、上の2つの場面について、みていきましょう。
「最初の請負人」の段階で、既に、「屋根および周壁を有し、土地に定着した一個の建造物として存在するに至っていた」場合ですね。
この場合、不動産の付合の規定である民法242条の適用により、処理されます。
(不動産の付合)
第二百四十二条 不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
不動産の所有者である最初の請負人が、付合した物(資材)の所有権を取得することになります。
その結果、後から自らの資材で工事を加えて完成させた請負人は、その損失について、償金請求することになりますね。(248条)
(付合、混和又は加工に伴う償金の請求)
第二百四十八条 第二百四十二条から前条までの規定の適用によって損失を受けた者は、第七百三条及び第七百四条の規定に従い、その償金を請求することができる。
(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
独立の不動産になる前の、いわゆる「建前」の場合ですね。
「建前」の法的性質は、動産でした。
動産の付合の規定といえば、民法243条です。
でも、建物建築請負の場合は、動産に動産を単純にくっつけただけでなく、「材料に施される工作」が特段の価値を有していて、「完成された建物の価格が、原材料の価格よりも相当程度増加する場合」といえます。
したがって、単純な動産と動産の付合の規定である民法243条ではなく、加工の規定である246条の適用によって処理するのが相当だ、とされています。
(動産の付合)
第二百四十三条 所有者を異にする数個の動産が、付合により、損傷しなければ分離することができなくなったときは、その合成物の所有権は、主たる動産の所有者に帰属する。分離するのに過分の費用を要するときも、同様とする。
(加工)
第二百四十六条 他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する。
2 前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。
本件は、この場合にあたります。
つまり、最初の請負人が途中(建前)までつくって、その後、別の請負人が引き継いで、工事を加えて、建物を完成させた、それぞれ、自ら材料を提供して。。という事案でした。
したがって、246条の適用により、「後から工事を加えて完成させた請負人が供した材料の価格と工作によって生じた価格を加えたものが、最初の請負人の建前の工事および材料の価格を超える場合」であるときは、建物所有権は、後から工事を加えて完成させた「加工者」である請負人に、帰属することになります。
その結果、最初の請負人は、その損失について、償金請求することになりますね。(248条)
さて、「二人の請負人の間」においては、後から工事を加えて建物を完成させた「加工者」である請負人に、建物所有権が帰属することになりました。
で、建築材料の全部を提供しているのは、請負人ですから、「請負契約の当事者間」つまり、注文者と請負人との関係においても、「材料提供者」である請負人に、建物所有権が帰属することになります。そして、その所有権は、引き渡しによって注文者に移る。それが、通常のケースでしたね。
もっとも、「当事者間に別段の意思表示(特約や暗黙の合意)があるときは、それに従う」でした。
本件は、そうした別段の意思表示(特約)のある事案でした。
つまり、加工者である請負人と注文者との間に、「建物の所有権は注文者に帰属する旨の特約」が存在している事案でした。
したがって、結局、この特約により、「完成建物の所有権は注文者に帰属する」という結論に至ることになります。
以上、議論の大きな流れはみましたね。
では、本件の、詳しい事案および判旨を、確認していきましょう。
○
事案
A建設は、注文者Yから、本件建物の建築を請け負いました。
さらに、Xが、A建設から、工事の大部分について下請けをなし、直ちに工事に着手、自ら調達した資材で棟上げを終え、屋根下地板を貼り終えました。
ところが、下請代金の支払いのために交付を受けたA建設発行の小切手・約束手形がすべて不渡りとなってしまい、代金支払いを受ける見込みがなくなった下請人Xは、屋根瓦も葺かず荒壁も塗らないまま、工事を中止してしまいました。
そこで、注文者Yは、A建設との請負契約を話し合いにより合意解除、B建設と続行工事に関する請負契約を結びます。その契約には、「建物の所有権はYに帰属する旨の特約」がありました。
B建設は自らの材料で工事を行い、屋根を葺き荒壁を塗りあげました。
その後、建物所有権を主張するXの申請に基づく、執行官保管の仮処分が執行されます。
仮処分の執行が取り消された後、B建設はさらに工事を続け、建物を完成させました。
そうした事情のもと、Xは、建物所有権を主張して、Yに対して、建物の明渡しを求めて本訴提起します。その理由として、「建前が独立の不動産となった時点を基準に民法243条(動産の付合)を適用すると、建物所有権はXに帰属することになる」と主張しました。
そんな、事案です。
○
判旨
建物の建築工事請負人が建築途上において未だ独立の不動産に至らない建前を築造したままの状態で放置していたのに、第三者がこれに材料を供して工事を施し、独立の不動産である建物に仕上げた場合においての右建物の所有権が何びとに帰属するかは、民法二四三条の規定によるのではなく、むしろ、同法二四六条二項の規定に基づいて決定すべきものと解する。
けだし、このような場合には、動産に動産を単純に附合させるだけでそこに施される工作の価値を無視してもよい場合とは異なり、右建物の建築のように、材料に対して施される工作が特段の価値を有し、仕上げられた建物の価格が原材料のそれよりも相当程度増加するような場合には、むしろ民法の加工の規定に基づいて所有権の帰属を決定するのが相当であるからである。
ところで、本件おいて、民法二四六条二項の規定に基づき所有権の帰属を決定するにあたつては、Xが建築した建前がB建設の工事により、独立の不動産である建物としての要件を具備するにいたつた時点における状態に基づいてではなく、前記仮処分執行時までに仕上げられた状態に基づいて、B建設が施した工事及び材料の価格とXが建築した建前のそれとを比較してこれをすべきものと解されるところ、右両者を比較すると前者が後者を遥かに超えるのであるから、本件建物の所有権は、Xにではなく、加工者であるB建設に帰属するものというべきである。
そして、B建設とYとの間には、 前記のように所有権の帰属に関する特約が存するのであるから、右特約により、本件建物の所有権は、結局Yに帰属するものといわなければならない。
まず、「未だ独立の不動産に至る前の工事部分(建前)に、他の者が自らの資材で工事を加えて完成させた場合」の処理について、判旨は、「所有権が誰に帰属するかは、243条ではなく、加工の規定である246条2項の適用によって決定すべきだ」といっていますね。
そして、「246条2項の適用によって所有権の帰属を決定するにあたって、価格比較する時点」について、判旨は、「独立の不動産としての要件を備えた時ではなく、仮処分執行時までに仕上げられた状態に基づいて比較をすべき」といっています。
もし、本件で、仮処分執行がなかったとしたら、「完成時」とされていただろう、といわれています。
工作の価値を評価しようとするなら、「完成時」を基準に価格比較をするのが、当然のことだとおもいます。
価格比較の結果、「二人の請負人の間」においては、後から工作を加えて建物を完成させた「加工者」であるB建設に、所有権が帰属することになりました。
そして、本件では、「加工者であるB建設と注文者Yとの間」には、「建物の所有権はYに帰属する旨の特約」がありましたね。判旨は、「その特約により、建物所有権は、結局、注文者Yに帰属することになる」と結論づけています。
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まとめ
今回のテーマである、「建築途中の建物への第三者の工事と所有権の帰属」という論点についてだけみれば、「加工の規定である民法246条2項の適用によって処理する」というだけのことです。
でも、その前提として、
建築途中の建物は、いつの時点をもって独立した不動産となるのか?
いわゆる「建前」の法的性質は?
そもそも、建物は土地に付合してしまうのか?
といった議論がありました。
また、
「注文者と請負人の間における建物所有権の帰属の問題」~材料主義もっとも特約可
と、
「二人の請負人の間における建物所有権の帰属の問題」~民法242条?243条?246条2項?
とは、別の問題でした。
事実が異なれば、処理方法も異なり、適用条文も異なり、結論も異なります。
本件事案が、どこに位置しているのか?
もう一度、確認しておいてくださいね。
○
今回は、以上です。
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今回の判例を素材にして答案を書いてみました。参考にしてみてください。→『建築途中の建物への第三者の工事と所有権の帰属』の判例を素材に答案を書いてみた
photo credit: hehaden Lucy (Explored) via photopin (license)
これを書いたひと🍊