民法判例百選Ⅰ[第9版] No.47
物権的請求権の相手方~土地上の建物を譲渡後も登記名義を保有する者
(最高裁平成6年2月8日)
今回は、「物権的請求権の相手方」は誰?というお話です。
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「物権的請求権の相手方」は誰?
原則を押えておきましょう。
『物権的請求権』つまり「物権的妨害排除請求権」「物権的返還請求権」「物権的妨害予防請求権」の相手方は、原則として、「他人の物権の円満な支配状態を、現に妨害しているあるいは妨害する危険のある、その物の所有権者」です。
これを言い換えれば、「その物の所有権者は、物を所有していること、支配していることを通して、他人の物の完全な支配状態を妨害している」ということができます。
本件判例の事案である、「他人の土地上に、権限無く、建物を建築している、物を放置している」そういう事案においても、「土地所有者の所有権に基づく物権的請求権の相手方」になるのは、原則として、「土地上に建っていたり放置されていたりする、建物や物の所有権者である」そうなります。
ただ、実際問題として、「その建物や物の所有権者が誰なのか」を確定することは、困難な作業であったりします。
例えば、「権限無く、建物が建っていた」そんな事案では、「建物所有権者」は簡単にみつかりそうにおもいます。登記簿みれば、わかるでしょ。そうおもいます。
で、土地の所有者は、「登記簿上の現在の建物所有者」に対して、建物収去土地明渡しを求めて、提訴したとします。
ところが、「登記簿上の名義人」が、「いえ、あの建物は、すでに○○さんに譲渡してしまいました。私は所有者ではありません。登記名義人は私の名義のままですけど。。」そういい出したら、「訴訟の相手方が間違っている」ということになってしまいます。
そこで、○○さんを探したけど、「みつからない」。。みつかったけど、「撤去するお金なんてないよ」そういって全く協力する様子がない。。
そういう状況で、土地の所有者としては、「登記簿上の建物の所有名義人」に、「あなた登記名義人なんだからさあ・・」建物の撤去を請求したくなりますよね。 「あんたが、登記名義人だろ。売っちゃったとか、言い訳するんじゃないよ!」そういいたくもなります。
結局、この問題は、《建物撤去の費用を、さしあたって誰が負担するか》に帰着します。最終的には、「建物の実質的な所有権者」が費用を負担するのは当然ですけど、とりあえずの費用負担を、《被害者である土地の所有者にさせるのか》それとも《登記簿上の建物所有名義人にさせるのか》その利益衡量です。
その点、最終的な「実質的な建物所有権者」への求償は、《被害者である土地の所有者》よりも、《建物登記簿上の所有名義人》に負わせるほうが、公平なようにおもわれます。
本件判例は、結論として、それを初めて、認めました。
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事案
Xは、本件土地を競売により取得しました。
土地の上には、「Yを登記名義人とする建物」が建っていました。
そこで、Xは、Yに対して、「利用権限なく建っている建物の収去、土地の明渡し」を求めて、提訴しました。
これに対して、Yは、「建物はすでにZに売却していて、私は建物の所有権者ではありません。訴えるならZさんを訴えて。」そういって争いました。
そんな事案です。
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判旨
1 土地所有権に基づく物上請求権を行使して建物収去・土地明渡しを請求するには、現実に建物を所有することによってその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきである。したがって、未登記建物の所有者が未登記のままこれを第三者に譲渡した場合には、これにより確定的に所有権を失うことになるから、その後、その意思に基づかずに譲渡人名義に所有権取得の登記がされても、 右譲渡人は、土地所有者による建物収去・土地明渡しの請求につき、建物の所有権の喪失により土地を占有していないことを主張することができるものというべきであり(最高裁昭和三一年(オ)第一一九号同三五年六月一七日第二小法廷判決・民 集一四巻八号一三九六頁参照)、また、建物の所有名義人が実際には建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合も、土地の所有者に対し、建物収去・土地明渡しの義務を負わないものというべきである(最 高裁昭和四四年(オ)第一二一五号同四七年一二月七日第一小法廷判決・民集二六 巻一〇号一八二九頁参照)。
2 もっとも、他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできないものと解するのが相当である。けだし、建物は土地を離れては存立し得ず、建物の所有は必然的に土地の占有を伴うものであるから、土地所有者としては、地上建物の所有権の帰属につき重大な利害関係を有するのであって、土地所有者が建物譲渡人に対して所有権に基づき建物収去・土地明渡しを請求する場合の両者の関係は、土地所有者が 地上建物の譲渡による所有権の喪失を否定してその帰属を争う点で、あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係というべく、建物所有者は、自らの意思に基づいて自己所有の登記を経由し、これを保有する以上、右土地所有者との関係においては、建物所有権の喪失を主張できないというべきであるからである。もし、これを、登記に関わりなく建物の「実質的所有者」をもって建物収去・ 土地明渡しの義務者を決すべきものとするならば、土地所有者は、その探求の困難を強いられることになり、また、相手方において、たやすく建物の所有権の移転を主張して明渡しの義務を免れることが可能になるという不合理を生ずるおそれがある。他方、建物所有者が真実その所有権を他に譲渡したのであれば、その旨の登記を行うことは通常はさほど困難なこととはいえず、不動産取引に関する社会の慣行にも合致するから、登記を自己名義にしておきながら自らの所有権の喪失を主張し、 その建物の収去義務を否定することは、信義にもとり、公平の見地に照らして許されないものといわなければならない。
本判例も、物権的請求権の相手方は、「現実に建物を所有することによってその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきである」として、従来からの原則論を、一応、維持しています。
ただ、3つの場面を挙げた上で、一定の場合に、登記名義人を相手方とすることができる、と判示しています。
3つの場面とは、
1、未登記建物の所有者が未登記のままこれを第三者に譲渡した場合
2、建物の所有名義人が実際には建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合
3、他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合
です。
まず、1、未登記建物の所有者が未登記のままこれを第三者に譲渡した場合には、
登記はないので、登記名義人に・・という話はでてきません。譲渡により確定的に所有権を失っている以上、物権的請求権の相手方になる余地はありません。
続いて、2、建物の所有名義人が実際には建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合も、
初めから仮装登記の名義人にすぎず、建物を壊して撤去できる、なんらの根拠も権限もないので、物権的請求権の相手方とすることはできません。
以上に対して、3、他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、
「たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできないものと解するのが相当である。」そう判示して、所有権を譲渡済みの建物登記名義人を物権的請求権の相手方となしうることを、判例として初めて、認めました。
この結論を頭にいれる、納得するには、判旨のいう実質的根拠をみておくことが有効かなと、おもいます。
判旨は、登記名義人を物権的請求権の相手方とできる実質的根拠として、〈土地所有者と建物譲渡人(登記名義人)との利益衡量〉を挙げています。つまり、
「もし、これを、登記に関わりなく建物の「実質的所有者」をもって建物収去・ 土地明渡しの義務者を決すべきものとするならば、土地所有者は、その探求の困難を強いられることになり、また、相手方において、たやすく建物の所有権の移転を主張して明渡しの義務を免れることが可能になるという不合理を生ずるおそれがある。」
さらに、
「建物所有者が真実その所有権を他に譲渡したのであれば、その旨の登記を行うことは通常はさほど困難なこととはいえず、不動産取引に関する社会の慣行にも合致するから、登記を自己名義にしておきながら自らの所有権の喪失を主張し、 その建物の収去義務を否定することは、信義にもとり、公平の見地に照らして許されないものといわなければならない。」
最後は、「勝手なことを言うな!そんな主張は、信義にもとり、公平の見地に照らして許されないよ!」そうまでいっていますね。
この実質的根拠の部分、そうだろうなあ、と何度も納得しておけば、頭のなかにしっかりと記憶されることとおもいます。
なお、判旨の、理論的な根拠の部分、つまり、「あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係というべく」といって、「対抗関係にも似た関係」を挙げています。似た関係ってなによ?とおもいますよね。
似た関係、なんでしょう?一応、対抗関係は物権の基本ということで、みておきますと・・
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
不動産に関する物権の得喪及び変更は・・その登記をしなければ、第三者に対抗することができない。そういっています。
物権を取得した、譲渡した、そういう物権の得喪及び変更が生じたときは、不動産取引の安全をはかるために、第三者にもわかるように、登記という形で公示してくださいね。それをしないでいると、権利を第三者に対抗できなくなってしまいますよ、ペナルティーを受けてしまいますよ。すぐに登記をしておいたほうがいいですよ。そういう趣旨の規定です。
ペナルティーを課すことで、半強制的に登記をさせようと、それによって不動産取引の安全を図ろうと、そんな規定です。
対抗関係においては、登記を備えない限り、所有権の取得を第三者に対抗できません。物権の得喪及び変更は、登記を備えない限り、対抗できないのですね。
つまり、建物所有権の喪失も、その旨、登記を備えない限り、"第三者"に対抗できない。
「建物は土地を離れては存立し得ず、建物の所有は必然的に土地の占有を伴うものであるから、土地所有者としては、地上建物の所有権の帰属につき重大な利害関係を有するのであって、」そんな土地所有者は177条の"第三者"として、(建物の)登記の欠缺を主張する正当な利益を有している。
だから、「建物所有者は、自らの意思に基づいて自己所有の登記を経由し、これを保有する以上、右土地所有者との関係においては、建物所有権の喪失を主張できないというべきである」。
そんな意味だと、読み取れます。
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まとめ
本判例は、判例として初めて、限定的ながら、不動産の登記名義人を、物権的請求権の相手方として認めた判例になります。
3つの場面を挙げた上で、限定的な場面で認めたにすぎません。
それを押さえた上で、認めざるを得なかった実質的な理由を、何度も納得しながら記憶に残すことをオススメします。
理論的な根拠については、177条の規定の趣旨に立ち返って、まあ”似てる”のかなあ、と確認しておけばよいのかなと、おもいます。
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今回は、以上です。
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