民法判例百選Ⅰ[第9版] No.67
分筆後の残余地の特定承継と
袋地所有者の通行権
(最高裁平成2年11月20日)
今回は、「分筆後の残余地の特定承継と袋地所有者の通行権」というお話です。
〈分筆後の残余地に特定承継が生じた場合に、袋地所有者の有する無償の囲繞地通行権はなお存続するか?〉
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囲繞地通行権
「残余地」?「袋地」?「無償の囲繞地通行権」?
そもそも「囲繞地通行権」?ですよね。
「囲繞地通行権」って何でしょう?
読んで字のごとく、「囲まれた土地の有する通行権」です。「囲まれてて公道に直接出れないので、申し訳ありませんけど、あなたの土地を通行させてね。」という権利。
「当然の権利」です。契約なんて不要。
「所有権そのものの内容として認められる権利」とされています。
だって、囲まれてて公道に直接出れないのに、「他人の土地なんだから通っちゃダメだよ!」ってことでは、その土地に住んでる人は閉じ込められてしまいます。それでは土地の価値はゼロ?になってしまいマズイので、そういう土地には、「所有権そのものの内容として」、囲繞地通行権が権利として認められているのです。
「所有権の内容の拡張」とか言われます。
「所有権そのものの内容(拡張)として」認められるものである以上、登記なくしてその権利を主張することができます。
囲繞地通行権は「所有権そのものの内容として」認められる権利です。囲繞地通行権自体の設定とか変動とかはありません。だから、「変動が見えるように公示しといてね」という要求は働きません。「公示制度の適用場面ではない」ということです。
→詳しくは、根拠の異なる3つの通行権と公示制度との関係
条文をみてみましょう。
210条~212条が原則。
213条が例外として、無償の囲繞地通行権を定めています。
(公道に至るための他の土地の通行権)
第二百十条 他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。
2 池沼、河川、水路若しくは海を通らなければ公道に至ることができないとき、又は崖があって土地と公道とに著しい高低差があるときも、前項と同様とする。
第二百十一条 前条の場合には、通行の場所及び方法は、同条の規定による通行権を有する者のために必要であり、かつ、他の土地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
2 前条の規定による通行権を有する者は、必要があるときは、通路を開設することができる。
第二百十二条 第二百十条の規定による通行権を有する者は、その通行する他の土地の損害に対して償金を支払わなければならない。ただし、通路の開設のために生じた損害に対するものを除き、一年ごとにその償金を支払うことができる。
第二百十三条 〈分割によって公道に通じない土地が生じたとき〉は、その土地の所有者は、公道に至るため、他の分割者の所有地のみを通行することができる。この場合においては、償金を支払うことを要しない。
2 前項の規定は、〈土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合〉について準用する。
210条。他の土地(囲繞地)に囲まれて公道に通じない土地(袋地)の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地(囲繞地)を通行することができます。
これを、「囲繞地通行権」といいます。
211条。通行の場所・方法は、通行権を有する者のために必要であり、かつ、囲繞地のために損害が最も少ないものを選ばなければなりません。
212条。通行は、原則として、有償です。
213条は、212条の例外です(無償の囲繞地通行権)。
〈共有地の分割または土地の一部譲渡によって袋地を生じた場合〉は、袋地所有者は「残余地」(囲んでいる土地のうち、他の分割者の所有地又は土地の一部の譲渡人もしくは譲受人の所有地)にのみ囲繞地通行権を有します。その通行は無償とされています。
通行場所が「残余地」のみとされる理由は、分割・譲渡と無関係な第三者の囲繞地には迷惑をかけるべきではない、からです。
通行が無償とされる理由は、分割・譲渡の当事者は、袋地の発生を当然予期しているはずで、通行権の発生を見込んで、分割・一部譲渡の範囲や価格を決めているはず、だからです。
つまり、わざわざ公道に通じない袋地を発生させている、分割・一部譲渡の関係当事者自身が、囲繞地通行権の負担を負うべきであり、その場合、無償で通行させてあげなさいね、という趣旨です。
以上を前提として、
では、分筆後の「残余地」に特定承継が生じた場合、袋地所有者の有する「無償の囲繞地通行権」はなお存続するのか?それとも、「無償通行権」は消滅して、210条~212条の原則に戻って、通行権の場所・方法が決まるのか?
その点について争われたのが、本件判例です。
事案をみてみましょう。
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事案
Aは、自己の所有地を、甲地と乙地に分筆して売却することにしました。
Aは、以前から、隣接する丙地をBから賃借して、野菜の植栽に使用していて、分筆によって、甲地が公道に接続しなくなることから、Bに無断で、丙地の一部を甲地から公道に通じる通路として整備した上で、分筆をして甲地をXに売却しました。
これに対して、Bは、Aの用法違反を理由に丙地の賃貸借契約を解除、Aに対して丙地の明渡しを求めて提訴して、Yの勝訴判決が確定しました。
Yは、有刺鉄線を張って、Xによる通路の通行を阻止しました。
他方で、Aから乙地を購入したCは、乙地に地盛りをして、甲地との間に高さ1~2メートルの石垣をつくり、住居を建てて住んでいます。
その結果、Xが甲地から公道に出るために、乙地を通行することはできなくなり、丙地の通路部分を通行するしか方法がなくなってしましました。
でも、有刺鉄線が張られていて、通れない。。
そこで、Xは、丙地の通路部分に「210条に基づく」囲繞地通行権を有すると主張して、提訴しました。
そんな事案です。
〇 〇 〇
この事案では、Aの所有地を甲地と乙地に分筆して、その一部である甲地を譲渡することによって、公道に通じない甲地が生じています。
この場合、甲地を譲り受けたXは、「残余地」である乙地のみを通行できる、「無償の囲繞地通行権」を取得しますよね(213条2項)。
その後、乙地は、AからCに譲渡されました。
さて、このように、「残余地」に特定承継が生じた場合でも、無償の通行権は存続するのでしょうか?
〈無償通行権が存続すると解すると〉、Xは残余地である乙地を通行できるだけ、ということになります。残余地以外の囲繞地(丙地)を通行することはできません。
〈無償通行権は消滅すると解すると〉、210条~212条の原則に戻って通行権の場所・方法が決まる、つまり、210条に基づいて、丙地を通行する通行権が成立する可能性がある、ということになります。Xは、こちらの立場を主張したわけです。
判例はどちらの立場にたったかというと、、
本判決は、〈無償通行権の存続を肯定する〉立場を、採用しました。
単純な肯定説です。
判旨をみてみましょう。
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判旨
共有物の分割又は土地の一部譲渡によって公路に通じない土地(以下「袋地」と いう。)を生じた場合には、袋地の所有者は、民法二一三条に基づき、これを囲繞する土地のうち、他の分割者の所有地又は土地の一部の譲渡人若しくは譲受人の所有地(以下、これらの囲繞地を「残余地」という。)についてのみ通行権を有するが、
同条の規定する(無償の)囲繞地通行権は、「残余地」について特定承継が生じた場合にも消滅するものではなく、袋地所有者は、民法二一〇条に基づき残余地以外の囲繞地を通行しうるものではないと解するのが相当である。
けだし、民法二〇九条以下の相隣関係に関する規定は、土地の利用の調整を目的とするものであって、対人的な関係を定めたものではなく、同法二一三条の規定する囲繞地通行権も、袋地に付着した物権的権利で、「残余地」自体に課せられた物権的負担と解すべきものであるからである。
「残余地」の所有者がこれを第三者に譲渡することによって囲繞地通行権が消滅すると解するのは、袋地所有者が自己の関知しない偶然の事情によってその法的保護を奪われるという不合理な結果をもたらし、他方、残余地以外の囲繞地を通行しうるものと解するのは、その所有者に不測の不利益が及ぶことになって、妥当でない。
青字部分
Xは、「残余地」である乙地のみを通行できるにすぎません。残余地以外の囲繞地である丙地を通行することはできません。
その理由として、3つあげています。
「民法二〇九条以下の相隣関係に関する規定は、土地の利用の調整を目的とするものであって、対人的な関係を定めたものではなく」とあります。
つまり、土地を所有する人が変わったとしても、影響はない。
「同法二一三条の規定する囲繞地通行権も、袋地に付着した物権的権利で、残余地自体に課せられた物権的負担と解すべきものであるからである。」
それゆえ、所有者の変動があっても、存続するわけです。
「残余地」を第三者に譲渡することで、無償の通行権を消滅させることができるとしたら・・
袋地を発生させておきながら、そんな勝手なことは、許されないといえます。
袋地所有者にとっては、自己の関われない事情によって、無償という地位を奪われる、突然、有償に変わるという不意打ちをくらう、そんな不合理な結果をもたらすことになります。
「残余地」のみを通行できる無償通行権が消滅すると解すると、原則に戻って、210条に基づいて、残余地以外の囲繞地を通行できる可能性がでてきます。
これまで、なんの負担も負うことのなかった、袋地の発生とは全く関係のない隣接地の所有者にとって、突然、通行権の負担を負わされるという、不測の不利益を被ることになります。
以上の、3つの理由をあげて、単純な肯定説を採用しました。
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まとめ
今回の論点をめぐっては、肯定説、否定説、両説の問題点を折衷的に克服する見解、が主張され、対立しています。
判例は、単純な肯定説を採用しました。
折衷的見解が有力となっていたなか、 折衷的見解の基準は不明確であるという批判もあって、単純な肯定説を採用したもの、とされています。
基準が不明確で、この場合、無償のままなのか、有償になるのか、判断がつかないというのでは、判例が、社会のルールとして、混乱をもたらすことになってしまい、まずいです。
「残余地」の特定承継によって、袋地所有者や、残余地以外の囲繞地の所有者に、不測の不利益が及ぶことは避けるべきである。
そうした考慮から、単純な肯定説を採用したのが、今回の判例である、そう、いえそうです。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊