民法判例百選Ⅰ[第9版] No.37
時効援用の効果
(最高裁昭和61年3月17日)
今回は、「時効援用の効果」をめぐる諸説のお話です。
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145条「時効の援用」と162条167条「時効の効果発生」の関係
145条「時効の援用」と162条167条「時効の効果発生」の関係については、〈援用の性質〉をめぐる諸説が対立する、民法の中でもトップレベルに有名な論点です。
(時効の援用)
新法第百四十五条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
(時効の利益の放棄)
第百四十六条 時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(債権等の消滅時効)
第百六十七条 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
確定効果説、不確定効果説、その他。。(失礼)
これまで何度も、
「実務は判例で動いています。資格試験に学説は要りません。むしろ、見ないほうが賢明です。学説いろいろみて、判例あやふや。。では、本末転倒。判例を100%にすることに集中しましょう。」
そう、繰り返してきました。
ただ、この「時効の援用」をめぐる諸説については、みておいたほうがいい。そう、僕も考えています。
というのも、ここは学説というより、「判例自体がかつては確定効果説にたっており、現在は不確定効果説を採用している」という事情があります。
つまり、ここでの諸説というのは、〈判例の変遷を問う〉という意味を持っている。
僕が問題作成者だとしたら、判例の知識として出題したくなる、そんな誘惑にかられるところでもあります。
例えば、
「(かつて判例が採用していた)確定効果説からは、援用の意義を、訴訟法上の攻撃防御方法の提出にすぎない、と考えることになる。」
だから
「確定効果説からは、援用は裁判上する必要がある。」
「(現在判例が採用する)不確定効果説からは、援用の意義を、時効の効力を確定する意思表示、と考えることになる。」
だから
「不確定効果説からは、援用は裁判外でもできる。」
とか。。
○○○説からは、これこれと考えることになる。というパターンで、いくらでも(それは言い過ぎ‥)肢を作ることができます。
筋の通った思考ができるか?現場思考を試すのに、よい素材であるようにおもいます。
ということで、この論点では、少なくとも、確定効果説と不確定効果説をおさえ、それぞれの説からの帰結、例えば、上で触れた、「援用の意義」や「裁判外での援用の可否」その他、お使いのテキストなどに必ずあるであろう〈諸説をまとめた表〉を確認しておいて欲しいとおもっています。
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ここでは、確定効果説と不確定効果説について、基本的な内容を確認した上で、本判例の事案をみていきたいとおもいます。
確定効果説‥162条167条の文理を重視
確定効果説とは、文字通り、「時効の完成により時効の効果が確定的に発生する」という説です。
確定効果説は、「162条167条の文理を重視する」立場とされています。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(債権等の消滅時効)
第百六十七条 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
「二十年間…占有した者は、その所有権を取得する。」
「債権は、十年間行使しないときは、消滅する。」
「20年間たてば時効取得する」「10年間たてば債権は時効消滅する」。これだけ素直によめば、「時効の完成により(20年間経った時点で、10年間経った時点で)時効の効果が確定的に発生する」ようにおもわれます。。
でも、民法は、他方で、145条という条文をおいています。
(時効の援用)
第百四十五条 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
民法は、〈時効の利益を受けるか否か〉を当事者の意思に委ねているのです。
たとえ、債権の消滅時効が完成したとしても、「借りた金はちゃんと返したい」そう考える誠実な債務者もたくさんいることでしょう。その誠実な意思を尊重するべきだ。民法は、そう考えています。
不確定効果説‥145条を重視
不確定効果説は、「時効の完成により時効の効果が確定的に発生するするものではなく、当事者の意思表示(解除条件説では不援用・時効利益の放棄、停止条件説では援用)によってはじめて確定的に生ずる」そういう説です。
不確定効果説の中には、解除条件説と停止条件説があります。
停止条件説は、「より145条を、つまり当事者の意思の尊重を徹底する」立場といえます。
現在の判例は、停止条件説を採用します。
”停止条件”ってなによ?
わかりませんよね。僕もよくわからなかったので、”解除条件”説の逆、と覚えていました。
解除条件説というのは、”解除”するのですね。
解除とは、「一応有効に成立していた法律行為を解除によって初めから無かったことにする」ことです。
とすると、不確定効果説の中の解除条件説とは、「時効の完成により時効の効果が一応(不確定的に)発生するけど、それを無かったことにする意思表示、つまり、不援用の意思表示や時効利益の放棄があったときは、初めから時効の効果が発生しなかったことになる」そういう説です。
停止条件説は、この逆、となります。
つまり、解除条件では、「一応発生したものが無かったことになる」。
この逆だから、停止条件では、「無かったものが発生する」となります。
不確定効果説の中の停止条件説とは、「時効の効果は時効の完成により確定的に発生するものではなく、時効の援用によってはじめて確定的に発生する」そういう説となります。
解除条件説に対しては、次のような批判があります。
例えば、〈消滅時効完成後援用前に、債務者が債務の履行をした場合〉。解除条件説では、一応時効完成の効果が発生している以上、債務は一応消滅していることになります。「消滅している債務の履行をする」というのはおかしいです。そこで、解除条件説は、「その履行が、まず、時効を援用しない意思表示であり、これにより債権が復活して、復活したその債権が同じ履行によって消滅する」そんな複雑な説明をすることになります。
停止条件説ならば、この場合、時効消滅の効果は発生していない以上、「債務者による債務の履行は、当然、有効な弁済」となります。シンプルですよね。こちらで十分です。本判例もこの立場をとっています。
以上を前提に、本判例の事案をみていきましょう。
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事案
Aは農地をBに売り渡し、代金全額の支払いを受けて、所有権移転請求権保全仮登記がなされました。
本登記をするには、農地法の定める知事の許可が必要だからでした。
しかし、知事の許可が得られないまま10年が経過して、買主Bのもつ許可申請協力請求権は消滅時効にかかってしまいました。
ただ、消滅時効完成後、売主Aが援用する前に、本件農地には雑木が茂り、原野のような状態になっていて、もはや非農地化していたようです。
このような事情のもと、売主Aは、「許可申請協力請求権は消滅時効により消滅したので、本件農地の所有権は移転しないことに確定した」として、所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続きを求めて提訴しました。
そんな事案です。
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分かりにくい事案ですよね。まず、前提として、農地法の許可に関する議論を、理解する必要があります。
農地の所有権を移転するには、農地法の許可を必要とします。許可が得られないときは、所有権は移転しません。
この許可申請は、当事者が連署した許可申請書によってします。つまり、買主は、売主に対して、許可申請協力請求権を持ちます。この請求権は債権ですので、167条1項により10年で消滅時効にかかります。
第百六十七条 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
「許可申請協力請求権が消滅時効により消滅したとき」は、もはや許可を得られないことになるので、「農地の所有権は移転しない」ということになります。
他方、「この許可が得られないまま農地が非農地化したとき」には、もはや農地法は適用されなくなるので、その時点で「許可なしに所有権が買主に移転する」とされています。
で、本件は、「許可申請協力請求権の消滅時効完成後、売主Aが援用する前に、本件農地には雑木が茂り、原野のような状態になっていて、もはや非農地化していた」そんな事案でした。
〈許可申請協力請求権の消滅時効完成により、確定的に消滅の効果が発生している〉(確定効果説)とすれば、消滅時効完成の時点で、許可申請協力請求権は確定的に消滅したとして、もはや許可を得られないことになるので、「農地の所有権は移転しない」ということになります。
これに対して、〈許可申請協力請求権の消滅時効が完成しても、債権消滅の効果は確定的に発生するものではなく、時効が援用されて初めて、確定的に効果が生ずる〉(不確定効果説(停止条件説))と考えれば、許可申請協力請求権の消滅時効完成後、売主Aが援用する前に(つまり、許可申請協力請求権はまだ消滅していない)、許可が得られないまま農地が非農地化したときには、もはや農地法は適用されなくなるので、その時点で「許可なしに所有権が買主に移転する」ということになります。
このように、確定効果説をとるか、不確定効果説(停止条件説)をとるか、によって結論が全く異なる。本件はそんな事案でした。
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判旨
民法一六七条一項は「債権ハ十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」と規定しているが、他方、同法一四五条及び一四六条は、時効による権利消滅の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしていることが明らかであるから、時効による債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当であり、農地の買主が売主に対して有する県知事に対する許可申請協力請求権の時効による消滅の効果も、一〇年の時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、売主が右請求権についての時効を援用したときにはじめて確定的に生ずるものというべきであるから、右時効の援用がされるまでの間に当該農地が非農地化したときには、その時点において、右農地の売買契約は当然に効力を生じ、買主にその所有権が移転するものと解すべきであり、その後に売主が右県知事に対する許可申請協力請求権の消滅時効を援用してもその効力を生ずるに由ないものというべきである。
本判例は、不確定効果説の停止条件説にたっています。
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まとめ
「時効の援用」をめぐる諸説については、その帰結を押えておくことをおススメします。
テキスト等にある、〈諸説をまとめた表〉を確認しておいてくださいね。
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今回は、以上です。
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これを書いたひと🍊