表見代理

民法110条の正当理由の判断(最高裁昭和51年6月25日判決)をわかりやすく

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正当な理由

民法判例百選Ⅰ[第8版] No.30
民法110条の正当理由の判断
(最高裁昭和51年6月25日)

今回も、110条です。

第三者の要件「代理人の権限があると信ずべき正当な理由」の判断についてのお話です。

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(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する

(代理権授与の表示による表見代理)
第一〇九条 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

2 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

事案からみていきましょう。

事案

電気器具の販売業者X会社は、A会社(代表者B)とのモーター販売取引を始めました。

A会社の経営状況に不安を感じたX会社は、代表者Bに対して、A会社の取引債務について個人保証をつけるよう要求。

これに応じてBは、妻の叔父Yを保証人とする連帯保証契約の締結を申入れ、Xはこれを了承しました。

Bは、別件でYを代理するためにYから預かっていたYの実印を使用して、Yに無断で、連帯保証契約書にYの記名押印をして、Yの印鑑証明書も添えて、Xに渡しました。

その1年後、A会社が倒産したため、XはAの手形債務につき、Yに対して連帯保証人の責任を追求して提訴しました。

裁判では、XY間の連帯保証契約締結について、越権代理の相手方Xに110条の正当理由が認められるか否かが争われました。

そんな事案です。

判旨

印鑑証明書が日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることは否定することができず、X会社としては、Yの保証意思の確認のため印鑑証明書を徴したのである以上は、特段の事情のない限り、前記のように信じたことにつき正当理由があるというべきである

しかしながら、原審は、他方において、(一)X会社がBに対して本件根保証契約の締結を要求したのは、A会社との取引開始後日が浅いうえ、A会社が代金の決済条件に違約をしたため、取引の継続に不安を感ずるに至つたからであることX会社は、当初、Bに対し同人及び同人の実父に連帯保証をするよう要求したのに、Bから「父親とは喧嘩をしていて保証人になつてくれないが、自分の妻の父親が保証人になる。」との申し入れがあつて、これを了承した(なお、YはBの妻の父ではなく、妻の伯父にすぎない。)ことYの代理人として本件根保証契約締結の衝にあたつたBは右契約によつて利益をうけることとなるA会社の代表取締役であることなど、X会社にとつて本件根保証契約の締結におけるBの行為等について疑問を抱いて然るべき事情を認定し、(二)また、原審認定の事実によると、本件根保証契約については、保証期間も保証限度額も定められておらず、連帯保証人の責任が比較的重いことが推認されるのであるから、Yみずからが本件約定書に記名押印をするのを現認したわけでもないX会社としては、単にBが持参したYの印鑑証明書を徴しただけでは、本件約定書がYみずからの意思に基づいて作成され、ひいて本件根保証契約の締結がYの意思に基づくものであると信ずるには足りない特段の事情があるというべきであつて、さらにY本人に直接照会するなど可能な手段によつてその保証意思の存否を確認すべきであつたのであり、かような手段を講ずることなく、たやすく前記のように信じたとしても、いまだ正当理由があるということはできないといわざるをえない。

長いですね。簡潔にいうと、、

原則として、代理人が本人の実印(印鑑証明書)を持ってたら、相手方としては、ちゃんとした代理権があると信じるでしょ、フツー。(正当理由あり)

でも、「・・」とか、「・・」とか、「代理人の権限を疑うべき特段の事情」があるときは、直接本人に意思の確認をとるべきで、それをせずに漫然と「信じたんです」とかいっても保護するわけにはいかないですよ。。(正当理由は認められない)

そんな感じでしょうか。

「・・」の部分として、具体的にどんな事情が挙げられるのか、みていきましょう。

正当理由の判断過程

1、原則

代理人が、本人から実印を交付され使用していたときは、原則として、相手方に正当理由が認められます。日本では、実印尊重の意識が強いからですね。

2、特段の事情

ただし、「代理人の権限を疑うべき特段の事情」があるときは、相手方は代理権の存在について本人の意思を確認するなど調査しなければなりません。それを怠って漫然と信じたにすぎないような場合は、正当理由は認められません。

では、「代理人の権限を疑うべき特段の事情」とは、具体的にどんな事情をいうのでしょう?

判旨にもありますけど、次のような事情が、代理人の権限を疑うべき(つまり、正当理由が否定される)「特段の事情」として挙げられています。

a、本人に極めて重大な負担を負わせる代理行為の場面(例えば、期限や限度額の定めのない連帯保証契約の締結の場面)

b、代理行為によって代理人自身が利益を受ける場面(例えば、代理人自身の債務についの保証債務を本人に負わせる場面)

c、実際になされた代理行為が基本代理権の範囲から大きく逸脱している場面

d、相手方が金融業者である場面(金融業者には、その能力から高度の注意義務が課されるとされています)

その他、

e、代理行為がなされた経緯や状況から、代理権の存在を疑わせる事実がある場面

こういった場面では、「代理人の権限を疑うべき特段の事情」があるとして、第三者の正当理由は否定される傾向にあるようです。

本件判例では、a、b、e、が挙げられています。また、d、について、相手方が金融業者ではないときでも(本件がそうです)、本人の意思を確認しなければならないことがある、と判示しています。金融業者は”高度の”注意義務が課される、というだけですから。

まとめ

これまで何度も書いてきましたけど、

表見法理や権利外観法理の適用に際しては、〈本人の帰責性と第三者の信頼とを天秤にかけて、どちらを保護するべきか判断する〉

のでしたね。

本人側には実印を交付しているという帰責性はあります。

でも、「代理人が実印を悪用しがちな場面」「怪しいなと疑ってかかるべき場面」、そういう場面では第三者側にも注意して調査するべき一定の責任を負わせるべきです。それを怠った責任まで本人に負わせるのはフェアではありません。

上で挙げた「特段の事情」というのも、結局、この天秤にかける作業をしているだけなのです。

そういう視点から、もう一度チェックしてみてくださいね。

今回は、以上です。

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