表見代理

外形信頼と民法109条等の法理(最判昭和35年10月21日判決)をわかりやすく

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民法109条

民法判例百選Ⅰ[第8版] No.28
外形信頼と民法109条等の法理
(最判昭和35年10月21日)

今回も、109条の判例です。

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民法109条の表見代理

まずは、確認です。

109条の表見代理というのは、実際には代理権など与えていなかったのに〜無権代理行為は原則無効(113条)〜本人が「○○に代理権を与えました」旨を表示した場合、第三者からすれば○○に代理権ありと信じるのが自然だから、「軽率にもそんな表示をした本人」と「それを信頼した第三者」との利益衡量から、無権代理行為の効果を本人に帰属させてしまう、というものです。

(無権代理)
第百十三条 代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない
2 追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。

(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
2 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

でも、代理権を与えていないのに「代理権を与えた旨を表示した」、そんなことする人いないでしょ。。そうおもいますよね。

実際、そんな事案はまれなようで、現実には、「他人が本人の名前で取引することを本人が承認していた」いわゆる名板貸し(名義貸し)の事案が多くて、そういった事案に判例は、109条を類推適用していたようです。

ただ、現在では商法に名板貸しの責任が明文化されているので、ここに民法109条の類推適用を持ち出す必要性は少なくなっています。

商法
(自己の商号の使用を他人に許諾した商人の責任)
第十四条  自己の商号を使用して営業又は事業を行うことを他人に許諾した商人は、当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。

しかし、商法14条の主体は「商人」であり、「商人」による「商号の使用許諾」が要件となっています。今回の判例のように、主体が「商人」ではなく、「商号の使用許諾」もない事案では、商法14条の適用はありません。民法109条類推適用の出番となるわけです。

さて、先程から、なんの説明もなく繰り返し、109条の〈類推適用〉と書いています。

なぜ、〈類推適用〉なのでしょう?

民法109条の類推適用

名板貸し(名義貸し)でみると、名板貸しでは、「他人が本人の名前で取引する」そんな場面です。「直接本人の名前で」取引してしまうのですね。「他人に代理権を与えた旨を表示した」場面ではありません。だから、109条の適用はできません。

でも、〈109条の背景にある法理〉は名板貸しの場面にも当てはまるので、109条を拡張適用していく。つまり、109条の〈類推適用〉を認めていく。そういうことです。

〈109条の背景にある法理〉?

詳しくは、本判例の事案を通してみていきましょう。

事案は次のようなものでした。

事案

繊維製品の販売をしているX会社は、「東京地方裁判所厚生部」との間で、フラノ生地等の売買契約を締結して納品しました。

この「厚生部」は、戦時中から裁判所職員の福利厚生を図るため、生活物資の配給などの活動をしていて、自然発生的に「厚生部」と呼ばれるようになったものだそうです。

その後、東京地裁事務局総務課に「厚生係」が設置され、それまで厚生部に携わってきた職員らを厚生係としたものの、従来の厚生部の担当者としてそちらの事業の継続処理も認めていました。

つまり、「厚生部」は、法的になんの根拠もないもので、東京地方裁判所とは法令上まったく関係ないものでした。

にもかかわらず、「厚生部」の名義での取引は継続され、その取引は、厚生係と同じ職員が同じ部屋で、庁用の用紙と庁印を使用する等の方法で行われていたそうです。

で、「厚生部」が代金を支払わなかったため、相手方が国に対して代金支払いを求めて提訴しました。

そんな事案です。

上記のように、法令上、自然発生的な「厚生部」と東京地方裁判所との間にはなんの関係もなく、当然、代理権の授与はなく、「代理権を与えた旨を表示した」という事実もありません。109条の要件を満たさず、「109条の適用はない」ということになります。

でも、東京地方裁判所がなんの責任も負わないという結論には、違和感を感じますよね。同じ職員が「厚生係」として取引したら、東京地裁は責任を負います。でも、同じ職員が「厚生部」の名で取引すると、東京地裁は「まったく関係ないよ。」と責任を逃れてしまう。。おかしいと感じます。

取引相手からすれば、「厚生係」と「厚生部」の区別、その法令上の根拠の有無なんて、分かりゃしません。その信頼を保護する必要性は、取引主体が裁判所であっても変わりません。

そこで、109条の〈類推適用〉の出番となるのです。

では、なぜ〈類推適用〉できるのでしょう?

それは、109条の背景に〈禁反言の原則〉があるからです。

禁反言の原則〉とは、「自らの言動に反する主張は禁止される」という原則です。

ウィキペディアには次のようにあります。

禁反言の法理(きんはんげんのほうり、英語:estoppel、エストッペル)とは、一方の自己の言動により他方がその事実を信用し、その事実を前提として行動した他方に対し、それと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる、という法である。

要するに、「自分の言動と矛盾する主張は禁止される」そういう原則をいいます。〈禁反言の原則〉は英米法のもので、109条も共通の思想の上にたつ規定だとされています。

109条の背景には〈禁反言の原則〉がある。具体的には、「他人に代理権を与えた旨を表示した者は、それを信頼した第三者に対して、それと矛盾する事実を主張することを禁止される」そういうことになります。

禁反言の原則〉の趣旨からすれば、「他人に代理権を与えた旨を表示した」こと自体は、必ずしも重要ではありません。重要なのは、「代理権があるかのような状況を自らの言動で作り出したこと」です。

禁反言の原則〉からは、「代理権があるかのような状況を自らの言動で作り出した」そういう事実があれば、「それと矛盾する主張は許されない」「代理権を否定するような主張は許されない」そういってよいことになります。

判例の事案をもう一度みてみましょう。

厚生部」は法的になんの根拠もないもので、東京地方裁判所とは法令上まったく関係ないものでした。にもかかわらず、「厚生部」の名義での取引は継続され、その取引は、厚生係と同じ職員が同じ部屋で、庁用の用紙と庁印を使用する等の方法で行われていたそうです。

つまり、東京地方裁判所は、「厚生部」の事業の継続を認めていました。東京地裁は、「「厚生部」の取引が東京地裁自身の取引であるかのような外観を自ら作り出した」そういえる事案なのです。〈禁反言の原則〉からは、「この事実と矛盾する主張は許されない」ことになります。

まとめると、、

109条の直接適用はできない。

でも、109条の背景にある〈禁反言の原則〉からすれば、東京地裁は「「厚生部」の取引が東京地裁自身の取引であるかのような外観を自ら作り出している」のだから、「この事実と矛盾する主張は許されない」というべきで、本事案にも109条を拡張適用していくべきだ(109条の類推適用)。そういうことになります。

判旨をみてみましょう。

判旨

およそ、一般に、他人に自己の名称、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もつてその他人のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであつて、このことは、民法109条、商法14条等の法理に照らし、これを是認することができる。

一般に官庁の部局をあらわす文字である「部」と名付けられ、裁判所庁舎の一部を使用し、現職の職員が事務を執つている「厚生部」というものが存在するときは、一般人は法令によりそのような部局が定められたものと考えるのがむしろ当然であるから、「厚生部」は、東京地方裁判所の一部局としての表示力を有するものと認めるのが相当である。

東京地方裁判所当局が、「厚生部」の事業の継続処理を認めた以上、これにより、東京地方裁判所は、「厚生部」のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出したものと認めるべきであり、若し、「厚生部」の取引の相手方である上告人が善意無過失でその外形に信頼したものとすれば、同裁判所は上告人に対し本件取引につき自ら責に任ずべきものと解するのが相当である。

民法109条の類推適用を認めていますね。

なお、本判例には、もうひとつ、特殊性があります。「責任主体が裁判所(国)である」という点です。

「法定代理には109条の適用はない」とされています。なぜなら、法定代理では、代理権の範囲が法令で定まっているため、「法の不知は害する」との法格言により、取引の相手方は保護されないからです。「法の不知は害する」とは、「そんな法律は知らなかったよ」そういう言い訳は通じないということです。

裁判所を含む官庁はすべて、その設置、職務権限、事務内容は法令に定められています。「厚生部」が東京地裁の一部局であると信じたとしても、「法の不知は害する」のだから、相手方の信頼は保護されないのではないか。そういう疑問が生じます。

しかし、官庁などの公法人であっても、私人と取引をするときは、私法上の一主体として取引するわけで、私法の適用はあるとされています。例えば、官庁が文房具を買ったり出前を取ったりすれば、そこに民法とか商法とかの適用はあるでしょ当然。。って感じでしょうか。

この点について、判旨は次のようにいいます。

公務員の権限は、法令によつて定められているのであり、国民はこれを知る義務を負うものであるから、表見代理等の法規を類推適用して官庁自体の責を問うべき余地はないとの見解をとる者なきを保し難いが、官庁といえども経済活動をしないわけではなく、そして、右の法理は、取引の安全のために善意の相手方を保護しようとするものであるから、官庁のなす経済活動の範囲においては、善意の相手方を保護すべき必要は、一般の経済取引の場合と少しも異なるところはないといわなければならず、・・

官庁のなす経済活動の範囲においては、表見代理の規定の適用がある」と、いっていますね。

まとめ

今回の判例は、一見すると目立つことのない、細かい判例のようにみえますけど、、

109条の背景にある〈禁反言の法理〉にまでおもいをいたらせる、「109条類推適用のリーディング・ケースとなる判例」である上に、「裁判所という公法人に109条の類推適用を認めたという意味で画期的な判例でもある」、といえるようです。

今回は、以上です。

これを書いたひと🍊

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