民法判例百選Ⅰ[第9版] No.54
時効取得と登記
時効完成後の譲受人と背信的悪意者
(最高裁平成18年1月17日)
「民法177条の第三者の範囲」のお話。
今回は、その第一回。
「第三者」が背信的悪意者の場合です。
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さっそく、事案から、みていきましょう。
事案
隣接する土地Aと土地Bがありました。
土地Aには、所有者甲の建物があり、その建物から公道へ通じる、コンクリート舗装された通路が開設されていて、20年にわたり専用進入路として占有使用されていました。
ところが、右通路部分は、隣接する土地Bの一部分であることが判明します。
そうした状況のもと、土地Bが乙に譲渡され、所有権移転登記も経由されました。
乙は、右通路部分は土地Bの一部分であるとして、甲に対して、所有権の確認及びコンクリート舗装の撤去を求めて、提訴します。
これに対して、甲は、「右通路部分について、20年間自主占有を継続したことにより、所有権を時効取得した(162条1項)」と主張。
これに対して、乙は、「取得時効の完成後に右通路部分を含む土地Bを取得したのであり、177条の適用があるから、登記のない甲は、右通路部分の時効取得を対抗することができない」と主張。
これに対して、甲は、「乙は背信的悪意者にあたるから、登記の欠缺を主張することができる177条の「第三者」にあたらない」と主張しました。
そんな事案です。(簡略化してあります)
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議論の大まかな流れを、みておきましょう。
まず、前提として、「土地の一部分の時効取得」は、可能でした。(No.10 一筆の土地の一部についての取引)
で、甲は、隣接する他人の土地Bの一部分を、通路として20年にわたり自主占有を継続、その部分について所有権を時効取得しています(162条1項)。
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
ところが、甲の取得時効の完成後、土地Bが乙に譲渡され、所有権移転登記も具備されてしまいました。
「取得時効完成後の第三者との関係」については、177条の適用により処理をするのでしたね。(No.57 時効取得と登記)
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
つまり、甲は、土地Bの一部分(通路部分)の時効取得について、その登記をしなければ、「第三者」に対抗することができません。
つまり、乙が、177条の「第三者」にあたるときは、甲は、通路部分の時効取得を、乙に対抗することができない。そうなります。(詳しくは後述します)
ただし、「第三者」に〈背信的悪意者〉は含まれない、とされています。
つまり、乙が、〈背信的悪意者〉と認められる場合には、乙は「第三者」にあたらず、甲は、登記なくても、通路部分の時効取得を、乙に対抗することができる。そういう結論になります。(詳しくは後述します)
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議論の大まかな流れは、上の通りです。
では、詳しく、判旨からみていきましょう。
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判旨
時効により不動産の所有権を取得した者は,時効完成前に当該不動産を譲り受けて所有権移転登記を了した者に対しては,時効取得した所有権を対抗することができるが,時効完成後に当該不動産を譲り受けて所有権移転登記を了した者に対しては,特段の事情のない限り,これを対抗することができないと解すべきである。
民法177条にいう第三者については,一般的にはその善意・悪意を問わないものであるが,実体上物権変動があった事実を知る者において,同物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって,このような背信的悪意者は,民法177条にいう第三者に当たらないものと解すべきである。
そして,甲が時効取得した不動産について,その取得時効完成後に乙が当該不動産の譲渡を受けて所有権移転登記を了した場合において,乙が,当該不動産の譲渡を受けた時点において,甲が多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識しており,甲の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するときは,乙は背信的悪意者に当たるというべきである。取得時効の成否については,その要件の充足の有無が容易に認識・判断することができないものであることにかんがみると,乙において,甲が取得時効の成立要件を充足していることをすべて具体的に認識していなくても,背信的悪意者と認められる場合があるというべきであるが,その場合であっても,少なくとも,乙が甲による多年にわたる占有継続の事実を認識している必要があると解すべきであるからである。
〈背信的悪意者〉は、「悪意」と「信義則違反(背信性)」を要素としています。判旨の青字部分が「悪意」、赤字部分が「背信性」です。
民法177条の「第三者」とは
判例の定義
乙は、177条の「第三者」にあたるでしょうか?
そもそも、「第三者」とは?
「第三者」を文字通りに解釈すると、当事者以外はすべて第三者です。でも、通りがかりのなんの関係もない人まで「第三者」にあたる、という必要はありませんよね。未登記なので通りがかりのひとに権利を対抗できない?通りがかりのひとに土地の所有権を対抗できないから土地を明け渡す?そんなわけないですよね。
そこで、「第三者」とはすべてのひとではなく、限定的に解釈する必要があります。
それを判例は、
当事者もしくはその包括承継人にあたらない者で、
「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」
といっています。小難しい言い回しですね。もっと分かり易い言葉で言えよ!そうツッコミたくなりますね。。
上の事例でいうと、乙が「第三者」にあたるためには、「Aの登記の欠缺(登記を欠いていること)を主張する正当な利益を有する者」である必要があるわけです。
では、「正当な利益を有する者」とはどんな人をいうのでしょう?わかるようでよくわからない表現ですよね。
「正当な利益を有する者」とは。。これは判例の蓄積によりそういうものかとわかる、そんな性質のものです。
では、判例はなんといっているのか?
視点として、
- 客観的要件(第三者とされる者の有する権利もしくは法的地位)
- 主観的要件(その主観的態様)
という区別された基準を用いることが、提唱されています。
客観的要件(第三者とされる者の有する権利もしくは法的地位)
「登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」には、客観的要件(第三者とされる者の有する権利もしくは法的地位)として、「正当の権原に因らずして権利を主張する者」はあたらないとされています(大連41年12月15日)。
具体的には、不法占拠者はこれにあたらない、とされます(大判大正9年11月11日)。
不法占拠者は、その占有の継続を法的に承認されるような地位にありません。物権取得者の登記不存在を主張させて、明渡しの拒絶を認めてあげる必要などない。そういうことが、できそうです。
主観的要件(その主観的態様)
で、客観的要件を充たす者について、その次に問題となるのが、主観的要件(その主観的態様)になります。
判例は、
『単なる悪意者』は「第三者」つまり「正当な利益を有する者」にあたる。
しかし、
『背信的悪意者』は「第三者」つまり「正当な利益を有する者」にあたらない。そういっています。
『悪意者』が「正当な利益を有する者」にあたる?はあ?ですよね。
ここで『悪意者』とは、法律用語で「事情を知っていた人」という意味ですね。事情を知らなかった人は、『善意者』。事情を知り得た人は、『有過失者』。特殊な用語ですね。
で、なぜ『悪意者』は「正当な利益を有する者」にあたるのか?事情を知っていたのに?
例えば、二重譲渡の事例で、すでにAに売却済の土地であることを「知っていたC」がさらに土地を買い受ける契約を結んで、Aより先に登記をしてしまった場合。
単に事情を知っていたにすぎない『単なる悪意者のC』は、「Aの登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」つまり「第三者」にあたるのです。未登記のAからすれば、『悪意者C』に自らの所有権取得を対抗できない、ということになります。
なぜ?
判例は、理由を明確に説明していません。
自由競争の範囲内?
範囲を逸脱?
学説で言われているのは次のようなことです。
資本主義の競争原理というやつです。
つまり、資本主義の社会では、ある物件をめぐって他者より良い条件を提示して競うことが許される。二重譲渡の場合でいえば、、Cは、Aよりさらに良い買値を提示して競うことが許される。
売主は、たとえすでにAに売却済であっても、Cから提示された買値がとても高くて契約済のAに違約金を支払ったとしてもまだCに売ったほうが得だ、というのであればCに売るでしょフツー。。
Aは、すぐに登記をしておけば防げたわけで、登記を怠ったのだから仕方ないでしょ。。
そんな趣旨のことです。登記できたのに怠ったAに対するペナルティーという意味合いも強いのかなと思います。
ただ、「資本主義の競争原理」とか「Aに対するペナルティー」とかいっても、Cがとっても悪い奴で、害意を持ってAに先んじて登記してしまってザマアミロとか..、そんなCが「正当な利益を有する者」にあたるのか?おおいに疑問ですよね。
そこで判例は、『背信的悪意者』すなわち、物権変動があった事実を知る者において,登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、「正当な利益を有する者」つまり「第三者」にあたらない、といいます。
「資本主義の競争原理」という視点からは、『背信的悪意者』はもはや自由競争の範囲を逸脱している、といわれたりします。
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
ここでも、『背信的悪意者』とは具体的にどんなひとをいうのか?は、判例の蓄積によります。
基準はあってないようなものですけど、あえて言えば、犯罪的な行為者でしょうか。
例えば、詐欺的行為でAの登記をさせずにおいて自ら登記してしまうとか、Aの取引に関わりながら背信的に自ら登記してしまうとか。。
具体例は、テキスト等で確認してみてくださいね。お願いします。
判例の〈背信的悪意者排除論〉では、「物権変動があった事実についての悪意」と「背信性」の概念が明確に区別されています。
判旨の青字部分が「悪意」、赤字部分が「背信性」です。
「悪意」要件について
判旨は、「悪意」要件について、 時効取得の場合、「多年にわたり当該不動産を占有している事実の認識」で足りる、としています。
「乙において、甲が取得時効の成立要件を充足していることをすべて具体的に認識している必要はない」といっていますね。
「あいつは背信的悪意者だ」と主張するのは、時効取得者の側です。裁判では、「あいつは背信的悪意者だ」と主張する者が、相手方の背信的悪意(悪意&背信性)を立証しなければなりません。
でも、時効取得者に対して、「相手方が時効完成に必要な全ての事実を認識していたこと、それを証拠をもって立証しろ」と要求することは、酷なことです。
「10年以上占有していたことを知っていた」、そのことだけでも、相手方が知らなかったといっているのに、それを覆す証拠をみつけて立証するなんて、極めて困難なことです。
そこで、判例も、時効取得の場合、「悪意」要件の弾力化を認めて、「多年にわたり当該不動産を占有している事実の認識」で足りる、としているのです。
「背信性」要件について
判旨は、「背信性」要件については、「甲の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するとき」といっていますね。
「背信性」の有無については、結局、諸事情を総合判断した上で、「悪意」要件を充たした者の行為態様が、「自由競争の範囲内にある」といえるかどうか、「もはや自由競争の範囲を逸脱している」といえるかどうか、で、判断することになる。そう解されているようです。
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まとめ
今回は、〈背信的悪意者排除論〉という、 民法のなかでも、とても有名な、基本論点について扱いました。
新しい判例でした。
判例は、〈背信的悪意者排除論〉において、「悪意」と「背信性」の概念を明確に区別しています。
また、判例は、時効取得の場合、「悪意」要件の弾力化を認めて、「多年にわたり当該不動産を占有している事実の認識」で足りる、としています。
つまり、「取得時効の成立要件を充足していることをすべて具体的に認識している必要はない」としています。
基本こそ、正確に押えておきましょう。
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今回は、以上です。
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177条の基本的な部分に触れられている、たいへん勉強になる判例です
これを書いたひと🍊